第142話 紫の石


訳が分からずに、どうして良いのかも分からずに、ただその場に立ちすくんでいるしかなくて……


暫くそうしていると、ゾランがやって来た。


「ゾラン、ディルクはどうなった?!」


「落ち着いて下さい。説明しますので、そちらにお掛け下さい。」


ゾランは私達をソファーに座るように促した。


それから、私達がここに飛ばされてから、ディルクがどこで何をしていたのかをゾランが話してくれた。


それを聞いて、また涙が溢れて来る……



「どうして……!いつもディルクは無理をしてまでそんな事を……っ!」


「私も幼い頃、リドディルク様に助けられた事があります。あの方がいなければ、私など既にこの世にはいません。」


「ディルクは……大丈夫なの……?」


「多くの恐怖の感情を、全て体に取り込んでおられます。以前聞いた事がありますが、全身が激しい痛みに襲われると仰られてました。今はその痛みに耐えているところだと思います。」


「なんで……っ!」


「あの方は小さな頃から、いつもお1人でしたから。常に側にいるのは私達のような者ばかりです。それにリドディルク様は、人の感情を読み取ってしまうんです。 殆どの者が本心で接していない環境の中で、いつも読み取れる感情は、表の顔とはかけ離れたモノです。その立場から、強い憎悪や悪意を向けられる事も多く、負の感情に飲み込まれる度に倒れていらっしゃいました。」


「それはキッツいな……。」


「人の感情が分かるからこそ、それを自分の事の様に感じるのだと思います。」


「ディルク……」


ディルクの事を思うと、涙が止まらなくなる。

口をおさえて、泣き声が漏れない様にするのが精一杯だった。


「貴方の……」


「…え?」


「貴方の感情に触れた時は、その暖かさに気持ちが安らいだ、と仰っていました。貴方はあの方の、唯一の安らぎなのかも知れません……」


「………」


何も言えずに、ただ涙が零れ落ちる……




バン!と言う大きな音がして、赤い髪のメイドが勢いよく入ってきた。


「ミーシャ!客人の前で!改めなさい!」


「すみません!ゾラン様!あのっ!アシュリー様ですか?!」


「え?!はい、私がアシュリーですっ!」


不意に呼ばれたので、驚いて立ち上がる。


「リディ様が呼ばれてます!一緒に来て下さい!」


「!はいっ!」


「俺も一緒に行く。」


エリアスも私と一緒に、急いでミーシャと呼ばれる少女について行った。



ディルクの部屋に通される。



そこには、医師とメイド達と使用人達がいた。


ディルクの側まで行くと、息も絶え絶えなディルクが私を見て微笑む。


「アシュリー、何もなかったか……?」


「私は大丈夫!それよりディルクの方がっ!」


「俺なら…大丈夫だ……」


「大丈夫じゃない癖に……嘘ばっかりっ!」


涙がまた頬をつたう。


「すぐ治る、から……アシュリー、レクスの……」


「レクスがどうしたの?!」


「レクスの側に、いてやって欲しい……」


ディルクの、差し出そうとしたその手から、紫の石の指輪が零れ落ちた。


慌ててその指輪を拾う。


「すまない、アシュリー……紫の石は、思った人の、元まで…移動できる……レクスの元へ……帰ってやって欲しい……」


「分かったっ!分かったから、もう休んでっ!

お願いだから……」


それを聞いたディルクは微笑んで、安心した様に目を閉じた。




いつの間にか後ろにいたゾランに連れられて、私とエリアスはリビングまで戻ってきた。




「すげぇ奴だな……」


「いつもあんな感じなんです。人の事ばかりで……本当に困っています。」


「なぜディルクは、レクスの側にいるように言うんだろう?」


涙を拭きながら聞くと


「私には何も見えないので分かりませんが、レクスと言う少年の事を凄く心配されてました。このままではいけない、と言って……」


「……分かった。貴方にも、また世話になった。ディルクに言われた通り、私はレクスの所に帰ります。」


「そうして下さい。あの方の望みです。レクスと言う霊は、あなたが泊まっていた宿屋の隣の部屋にいる筈です。」


「ディルクの事、お願いしますっ!」


「勿論です。」



それから、紫の石の指輪を握りしめて、レクスの事を考える。

でも何も起こらなかったので、王都の宿屋の部屋を思い浮かべる。


その手に添うように、エリアスが手を置く。


石が光り出し、空間が歪んでいく。


目の前が真っ暗になって、それから歪みが形を整えていくと、そこは部屋の中だった。





  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る