第139話 レクスの感情


歪みを抜けて、会場の控え室まで戻ってきた。


土魔法の後等で、中は荒らされた様になっていた。


見ると、部屋の片隅に、体がうすくなったレクスが一人、膝を抱えてうずくまっていた。




「レクス?どうした?」


レクスの側まで行ってかがみ込み、そっと話しかける。


「ディルクか……?」


「そうだ。」


「ディルクっ!俺っ!俺っ……!」


レクスが俺の顔を見たら突然泣き出した。


「レクス、ゆっくりでいい。どうしたのか話して欲しい。」


「うん……。」



レクスが落ち着くのを待ってから、取り敢えずその場を離れて、王都の、アシュリーが泊まっている宿までやって来た。


そこで部屋を借りることにして、その部屋でレクスとゆっくり話をした。


ゾランには別の部屋で休んで貰っている。




レクスが言う事はこうだった。


森から離れて、段々眠たくなる時間が増えて来た。


自分が霊で、アッシュに何もしてあげられないことに苛立つ事が増えて来た。


楽しそうに、エリアスと話しているのに嫉妬している自分がいる。


エリアスはアッシュに氷の矢で殺そうとした奴だけど、本当は良い奴なのは分かっている。


盗賊だと思っていたのも間違いで、襲われた商人こそが『闇夜の明星』だったので、そいつ等を撲滅する為にずっと一緒にいる姿を見て、段々悪い気持ちが膨らんで来た。


エリアスがアッシュの事が好きなのはすぐに分かったけど、アッシュは分かっていないから安心していたら、エリアスが潜入している時にアッシュにキスしているところを見て、どす黒い感情が芽生えて来て、その感情を止めることが出来なくなった。


アッシュとエリアスが戦闘してても、ルキスは力になれても俺は何も出来ないから、ただ部屋の片隅でうずくまっていた。




レクスはそう話しながら、涙を流していた。




レクスには森の精霊の加護がついている。


だから森が遠くなると、その加護がうすれてくる。


そうなると、ただの霊となったレクスは、当たり前に感じる感情に戸惑っているようだ。


霊は、生きている者の生気にあてられる。


それに焦がれて、「自分も生きていたい」と思ってしまうのは、当然の事なのだ。


今まで精霊の加護があったから、そんな感情が無くてもいられたのが、その加護が無くなると途端に生気を求めてしまう。


それが叶わないと分かると、自分の世界に引きずり込もうとする感情が芽生えてくるのは、霊であれば普通の事なんだ。


だから、長く今世に留まってはいけない。


これは、アシュリーの為にも、レクスの為にもだ。


しかし、いつも楽しそうにいる2人を見ると、それを言うことが出来なくなっていた。


これは俺にも責任があるのかも知れない……



「レクス、レクスはどうしたい?」


レクスは泣きながら


「ずっとっ!アッシュと一緒にいたいっ!」


悲痛な叫びみたいにレクスが言う。


「でもっ!このままじゃ、無理だっ!」


「レクス……。」



レクスの気持ちが、感情が俺に流れてくる。


その気持ちに同化しそうになる。


ただ、好きな人と一緒にいたいだけなのに……


レクスの気持ちが痛いほど分かる……


レクスはずっと苦しんでたんだろう。


誰も責められないから、自分を責めていたんだろう。




「ドリュアス!」




俺は樹の精霊、ドリュアスを呼んだ。


部屋の中に、優しい風が漂い、ドリュアスがやって来た。


「ディルク、どうしたのかしら?」


「俺の友達が心を痛めている。側にいてやってくれないか?」


ドリュアスはレクスの周りを飛び交い、優しく頬を撫でた。


「可愛いボウヤだわ。」


そう言ってレクスを抱き締めた。


レクスは、まるで母親に抱かれる様に、安心した顔をした。


触れたくても、誰にも触れられない、触れて貰えない。

それはどんなに辛い事か。


しかも、まだレクスは少年だ。


ぬくもりを求めても、それは仕方の無い事なんだ。


暫くそうやって、ドリュアスはレクスを抱き締めていた。


そのままゆっくりと、レクスは眠りについていった。


レクスの事をドリュアスに頼み、静かに部屋を出て、ゾランと共に、また会場まで戻る。



「リドディルク様、なぜまた戻られるんですか?」


「俺にしか出来ない事があるからだ。」






  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る