第19話 元美少女な美少年の微妙な心

 委員会で会長に勝利し、軽い足取りのままオレは軽音部の扉を開けた。


「皆、喜べ。――って、宏美しかいないのか」

「うん。珍しく匠君が来たと思ったら、2曲だけやって、ミケっちを引き連れてファミレスに行ったよ。奢りだって匠君が言ったら、ホイホイ付いて行った」


 まったく、タクらしいな。たまに顔を出したと思ったら、皆を誘惑していきやがった。レミングス状態でつられていく犬飼も犬飼だが。


「で、喜べって何かあったの?」


 宏美が小首を傾げる。


「あ、そうそう。朗報だ。我がバンドの初ライブが決まったぞ」

「え、本当に?」

「ああ、本当だ。体育館とかは無理だったが、音楽室で放課後30分だけのライブをやっていいってことになった」


 委員会での決定事項をそのまま口にする。しかし、ロック嫌いの会長から、反論がなかったってのは、ちょっと不気味だったな。まぁ、オレの素晴らしい提案の数々に、腰を抜かしていたに違いあるまいて。勝ったな、ガハハ。


「そっかー。やったね、涼平」


 宏美は右手の拳を突き出す。オレは彼女と拳を軽く合わせ、グータッチをした。


「3年になってようやく初のライブかぁ。去年まで委員会が厳しくて、文化祭でのステージも認めてもらえなかったからな」


 オレはウキウキしながら、ギターを手に取った。メンツはいなくても、リズムマシンとボーカルだけでも十分に練習はできる。


「さっ、練習始めようぜ」


 やる気に満ちながら、宏美に声をかける。

 宏美は「う、うん」と、歯切れ悪く返した。それから、少し間を置いてから喋り出す。


「と、ところでさ、涼平」

「何?」

「匠君から聞いたんだけど、良一君、弟に戻ったんだって? それだと、涼平のお弁当を作る人がいなくなっちゃたんじゃないかなーて思ってさ」

「いや、元通りお袋が作ってくれるから、問題ない」


 会長と良介の分も含めてな。しかし、会長も自分の飯くらい、どうにかするつもりはないのかね。親父美少女は未だに専務の弁当を作ってるし、ウチは心根一家に奉公してるよな。心根家の丁稚かよ。


「ん、そうだろうけどもさ。そうでなくてね……」


 宏美は相変わらず、不得要領に返してくる。


「何だよ?」

「また、涼平にお弁当を作ってきてもいいかな? なんつって」


 口にしてから、宏美はタハハと笑い、頬をかいた。


「男子の手作り弁当とかあんまり嬉しくないのだが」

「そうかもしれないけどさ……」


 宏美はしゅんと肩を落としてから、やや時間を置き、言葉を続ける。


「でも、ボク作りたいんだ。涼平のために」


 宏美は真っ直ぐオレを見据えきた。

 視線を外し、「んー」と、短く言葉を吐き、ボリボリと後ろ髪をかく。

 戸惑い。今の心境を言い表すなら、この一言だろう。


 確かに、1年の秋辺りは、宏美に弁当を作ってもらっていた。そこからなんとなく、異性としてコイツを意識し始めたのは事実。

 お互いに告ったりしなかったけど、カップルみたいに接したりもした。


 けど、そんな甘い関係は、宏美がTSパンデミックにかかったことで、アッサリと瓦解した。勿論、未練はあったけど、宏美が男になったのでは、どうしようもない。あの時、淡い恋心より、オレたちは友情を取ったはず。

 月日が流れ、3年で春野さんと同じクラスになって、彼女に恋心を抱いた。宏美の呪縛はそこで断ち切ったはずだ。なのに、なんで今さら、また弁当のことを持ち出すんだ?

 オレは眉根を寄せ、わざと突き放すように言う。


「それはどうかな? お前も男子になって長いんだから、いい加減女子に弁当を作ってやったらどうなんだよ?」

「何でボクが女子にお弁当を作らきゃなんないのさ?! いいよもう。涼平のバーカ!」


 立ち上がり、宏美はイーと舌を出して、とっとと帰って行ってしまった。何なんだよ、まったく。女心……じゃねぇや。元美少女の美少年の心はよく分からねぇな。

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