3章

第17話 良介、弟に戻る

「アニキ。起きろよ、アニキ」

「ん、ああ」


 揺り動かされ、ようやく目を覚ました。と、そこには青光りした坊主頭があった。


「良介、お前……」


 オレはその青々とした頭を震える指で差す。


「うん。妹から弟に戻ったみたいだ。TSパンデミックが完治したようだぜ」

「そうかぁー。いいことだよ、ウンウン」


 良介の肩に手を置き、鼻をすすった。


「TSパンデミックは3日で治ってみたり、2週間で治ってみたり、一生治らなかったりするから、スゲー焦ったよ」


 ウム、やはりTSパンデミックはややこしい。そもそも治療法も確立されていないし、薬もない。自然治癒を待つしかないのが現状だ。仮に、半端な治療法なんかが出来たらそれこそ大変だ。上半身だけ男で、下半身は女とかなったりするかも。なんてケンタウルスだよ、それ。

 とか考えつつ、一応、弟に訊いてみる。


「ところで、良介。妹になった時の気持ちはどうだったんだ?」


 何気ない一言で、弟はズーンと落ちこんだ。顔は青ざめ、唇がプルプルと震えている。


「そりゃあ、ね。地獄だったよ。うん、地獄。妹だった時に、なんだか知らんけど、アニキの事をやたら好意的に思っていたんだよ。異性として。うわっ、何それ? 悪夢過ぎんだろ。マジ悪夢。チョー悪夢じゃーーーーーー!」


 頭を抱えて、絶叫し始めましたよ、この人。なんか「祟りじゃー! 村の祟りじゃーーー!」って言い出しそうな勢いだな。まぁ、実際祟りだよね。弟な妹から好かれるのとか、祟り以外の何物でもないっての。


「でも、今はそんな呪縛から逃れ、清々しい気分だ。これからもよろしく頼むぜ、アニキ」


 良介が手を差し出してきた。オレは握手を求めて来たであろう手を無視し、弟に抱きつく。


「良かった。弟に戻って本当に良かった」

「へへ。よせやい、アニキ」


 ああ、美しき哉、兄弟愛。やっぱこうでなくっちゃな。


「おーい。歴史の教科書が見当たらないんだ。貸してくれないか、な……」


 そう言ってドアを開けた会長は一瞬、固まった。


「や、こりゃ、邪魔しちゃったな。ささ、続きをどうぞ」


 会長は抱き合っているオレと弟を見て、BL的なよからぬ妄想を膨らませたようだ。


「会長はアホか? 兄弟でBL的な愛に目覚める訳ないだろうが」


 オレは良介から身体を離し、ベッドから降りた。


「えっ、なに君。もしかして、昨日まで妹だった良介ちゃんなの?」


 会長が目を丸くしがなら、良介を指差す。


「そうッス。TSパンデミックが完治して、ようやく男に戻れました。響さん、改めて宜しくッス」


 良介は会長に手を差し出す。


「なんだかなぁ。良介ちゃんは妹の方が良かったよ。ほれ、この美少女ゲームのパッケージの女の子みたいで可愛かったじゃない」


 会長は本棚から、背表紙を裏側にして偽装した美少女ゲームを取り出す。そうそう、良介は「妹に恋しちゃってラブズッキュン」の柚香たんに似て――って、おい。オレの美少女ゲームを勝手に取り出すんじゃねぇっての。


 良介は美少女ゲームのパッケージを手に取り、しげしげと眺めた。


「うわっ。このヒロインとオレ、めっちゃ似てましたね」


 良介は汚物でも見るような目つきでオレを一瞥してきた。あはははは。こりゃ、お兄ちゃん一本取られちゃったな。兄の面目丸潰れだよ……

 ゴホンと咳払いして、着替えるため、会長と弟を部屋から追い出し、机に置き去りされた「妹に恋しちゃってラブズッキュン」の柚香たんを見た。ウム、やっぱり妹だった良介に似ているな。いや、もうね……このゲーム、する気になれねぇよ……


「ほんじゃ、行って来ます」

「ああ、行ってらっしゃい」


 会長は呑気にパンを頬張りつつ、オレに声をかけてから、リビングに戻る。

 玄関を開け、外に出た。会長はオレが家を出てから10分後に、出ていく手筈になっている。まず、良介が外に顔見知りがいないか偵察してから、会長が家を出る段取りになった。


 なんで毎朝、わざわざこんな面倒な真似をせにゃあ、あかんのか。

 そう思うが、致し方無いだろう。もし、会長と同棲していることが、宏美や塚原にバレでもしたら、マジで大変なことになる。


 しかし、二人で登校しないとはいえ、オレの家から会長が出て来る訳だし、ヤバイことはヤバイ。まぁ、良介が外の様子を偵察してから会長が出るわけだし、多分、大丈夫だろうけど。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます