第11話 肩もみ

 先程のやり取りで、我が家の序列は決まった。会長が一番で、オレがビリ。家庭内カーストの順位付けは済んだ。動物的な本能でも、アイツには勝てねぇと悟ってしまった。

 オレは突然現れた野生のプレデターに怯えた。野生の猛獣の名は、会長こと心音響。


 彼女は、我が家の空き部屋を不法占拠し、そこに居を構えることになった。その隣が、オレの部屋。やれやれこれからどうなることやら。

 憂鬱な気持ちになり、自分の部屋に入る。


 夕方になり、インターホンが鳴る。これで2回目だ。仕方なしにインターホンの受話器を手に取る。


「おーい、お茶」


 受話器の向こうから会長の声が聞こえてきた。

「かしこまりましたー!」


 ほぼ脊髄反射的に反応してしまう。会長に勝てないことを悟ったオレは、彼女の軍門に下った。もうすっかり召使いで、サーヴァント状態。


 電動ケルト、急須、お茶の葉、湯呑み茶碗をお盆に乗せ、キッチンから出て、会長の部屋に行く。ノックすると、中から「入り給え」と声がした。


 中に入ると、会長はクッションの上にデレーンとうつ伏せで横たわりながら、過去の判例集を読んでいた。その脇に、分厚い六法全書が置かれている。マジで弁護士になるつもりなんだな、この人。

 それにしても、だらしなくぶん伸びちゃって。あれだけハキハキと物事を片付ける人なのに、今はデレーンと伸びているトドにしか見えない。裏表あり過ぎだろ。

 やや呆れつつ、ガラステーブルの上にお盆を置いた。


「お茶、ここに置いておきますよ」


 お盆を置き、とっとと部屋を出ようとしたが、呼び止められる。


「ちょっとー。ついでだから、肩揉んでよ」

「喜んでー」


 また脊髄反射してしまう。オレってば、居酒屋の店員かよ?!

 うつ伏せで横になっている会長の背中に乗り、彼女の華奢な肩をモミモミする。柔らかい感触に、ちょっと怯んでしまった。会長も一応、女子なんだなと実感する。


「うん、イイカンジ。君、肩揉み上手いな」

「親父から肩揉みやらされていましたからね」

「成程ね。――にしても、ここは快適だねぇ。お茶は出てくるし、マッサージも付いてくる。ご飯の用意もしなくていい。実家の方はお手伝いさんを雇ったから、丸く収まったし。お陰で勉強に集中出来るよ。同棲――もとい、ルームシェア万々歳だ」


 会長が一頻り喋った後、オレはわりと真剣な声を出す。


「なぁ、会長」

「んー?」


 会長はちょっと間延びした声を出す。来て初日なのに、寛ぎ過ぎだろコイツ。どんだけ環境に適応してんだよ。アンタなら、いきなり南極に置いて来ても、ブリザードの中でも楽に生き延びられそうだな。

 それはさておき、訊いてみる。


「肩揉みってスキンシップじゃん。会長は嫌じゃないの?」

「本当に君が嫌なら、こんな事させないって。そもそも同棲もしない。生理的に嫌ってたら、見るのも触られるのも嫌だよ。言ったろ? 君はあたしの条件をクリアしているって。まぁ少なくとも、君の事は、そんなに嫌じゃないってことさ」


 なんとなく得心してしまう。しかし、普通にそれらしいことを言っている所が恐ろしい。しかも、無駄に男前な口調。なんなんだろうな、この人。もう地球上にいる生物じゃない気がしてきたぞ。

 とか思いつつも、真面目にマッサージしてしまう。


 会長との間に、緩やかに時間が流れていく。意外に居心地悪くないな。――って、いかんいかん。そんな風に感じて、どうすんだ。これは孔明の罠なんだよ。


「サンキュー。お陰で肩が軽くなったよ」


 肩をぐるりと一回転させてから、会長は再び勉強に集中し始めた。

 邪魔しては悪いと思い、オレは無言で、会長が不法占拠している部屋から出た。


 日が暮れかかった頃、夕飯となった。会長は初めての家族の食卓でも、臆するところはなく、寧ろ、堂々としながらもお淑やかに振る舞っている。幼女な親父はすっかり会長に懐き、良介は後で勉強を教えてもらう約束をしている。


 なんというか、会長が場を完全に制圧している。これでますます家庭内カーストの位置が明確になった。やっぱり、オレがビリに位置してるんじゃね? ウムムム、なんとか、この現状を打破せねばならんな。

 何か手はないかと考えを巡らせながら、箸を進めた。

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