第8話 まずは友達から

 そんなやり取りをしているうちに、公園についた。車止めの柵を避けて、園内に入る。この公園はゆっくりと恋人同士で散策出来るほどのスペースはない。遊歩道などなく、代わりにブランコやジャングルジム等があり、小学生がそれらの遊具で戯れていた。

 オレ達は小学生達の横を通り過ぎ、二人でベンチに腰を掛ける。


「はい会長。これで喉でも潤してください」


 缶ジュースを手渡す。歩いてくる途中で買った飲むスープカレー。ほーれ、程よく温まって、スパイシーだぜ。味わって飲むがよい。


「さっき、自販機で妙なものを買っていると思ったら。アンタ、いい度胸してるじゃないの」


 会長が手に力を入れると、缶がべコリとへこんだ。うわっ、こえーよ、この人。

 彼女は無言の圧力をかけながら、オレにスープカレーの缶を差し出す。仕方なしに受け取り、会長にコーラを渡した。グビリとスープカレーを一口飲む。うわー、妙にスパイシーだし、なんかドロドロッなんですけど。

 超絶不味い味に顔をしかめつつ、手を挙げる。


「はい、質問」

「あによ?」

「会長はモテそうなのに、なんで恋人を作らないの?」

「誰が恋人いないなんて言った?」


 会長は妖艶な笑みを浮かべた。

 うむ、そうか。ハイスペックな会長なら、恋人がいてもなんら不思議ではない。まぁ考えてみれば、当然っていえば、当然か。


「それがいないんだなー。まぁ、何人かあたしを慕ってくれているのは、分かっちゃいるんだけど、相手がサッパリ声をかけてこなくてさぁ。なら、別にいいかなって。あたしから声をかけるとか、積極的に恋愛しようとか、そういう気持ちは皆無なんだよねー」

「んじゃ、やっぱり恋愛よりも勉強が大事だと?」

「そう、それ。恋愛より、司法試験のがよっぽど大事。だから、面倒くさい恋愛はすっ飛ばしちゃってさ。いきなりズドーンと家庭があった方がいいわけよ。あたしにとって」


 そんな雨後の筍じゃあるまいし、家庭がニョキニョキ生えてくる訳じゃねーだろ。

 こめかみを押さえながらも、もっと根本的なことを訊いてみることにした。


「じゃあ、会長はオレのこと、どう思ってるんですか?」

「よく分かんない。ほれ、アンタとは生徒会で顔を合わせるだけだったし」

「そんな状態で、よくオレと結婚しようなんて思いますねっ!」

「見合い相手がまるっきり知らない顔でなかったから、良かったよ。本当は結婚なんか興味なかったんだけど、昨日のあの法案成立しちゃったでしょ? 弁護士になって、年収1000万以上なったら、未婚だと、半分税金で持って行かれちゃうじゃない。それで、どうしようかな? って。そこに来て、父さんからの見合いの話でしょ。しかも、アンタは顔見知りじゃない。そんならとっとと結婚しちゃえって思ってさ」

「オレのことはどう思っているんですか?」

「まぁ、今迄の印象だと、アンタはわりと悪くなさそうだよ。委員会でもトンチ効かせた意見言ってくるから、頭は悪くなさそうだし。顔も……」


 そこで言葉を切り、会長はマジマジとオレの顔を覗き込む。なんつー失礼なやっちゃ。


「まぁ、悪かぁない。というか、いい線いってるよ。あっ、でも。主夫として、料理スキルは欲しいところだな」

「オレは料理できませんが、ウチに女手が三人もいます」

「うん、なら合格だ」


 会長は満足そうに頷く。いや、だから、そうでなくてね。

 オレは頭を振った。――にしても、さっきから一方的に押されまくっているな。ずっとアンタのターンかよ。少しは反論しなきゃ、収まらんぞ、オレが。

 そう思い立ち、反撃を開始する。


「会長はさっきから自分の条件ばっかだな。それって、ステータスでしか男を見れないスイーツ女子ってやつでしょ?」


 精一杯皮肉めいた言葉をぶつけてやった。


「なんだよ? やけに突っかかってくるじゃない。結婚が相手の条件じゃなけりゃ、なんだって言うんだよ? 気持ちってか?」

「そうです。相手のことを好きだと想う気持が大事なんです」

「さっきから、気持ちだの想いだのってうるさいな」


 会長は面倒くさそうな顔をしながら、手を振る。

 と、そこまで口にしてから、彼女は何やら閃いたようで、尋ねてくる。


「なに、アンタ。好きな娘いるの?」


 問われて春野さんを思い出し、顔が赤くなった。


「い、一応、いますよ」

「へー、いるんだ。その娘の名はなんていうんだい?」

「シークレットです」

「ふーん。あっそう。別に聞かなくてもいいけどさ。けど、アンタが片思いってのは、分かった」

「へ、なんで? なんで片思いだって分かったの?」

「簡単じゃん。好きな人の名前を堂々と言えないってことは、それは恋が成就してないからだ。つまり、アンタは片思い中ってわけ」

「グヌヌ。意外に鋭いな、会長」


 オレは手を震わせ、スープカレーの缶を握りしめた。


「なんだ。そういう風に言うってことは、やっぱり片思いなんだな」


 会長はニヤリと口の端を上げる。ちっ、引っかけかよ。誘導上手いよ、コイツ。チョー上手い。弁護士より、検察になった方がいいんじゃね?


「そんな訳でオレには好きな娘がいますから」


 オレは憮然とした。


「ふーん、好きな娘がいるのか。そんじゃ、ご破断だな、こりゃ」


 会長は案外さばさばとしていた。


 ご破算ね。そうしてもらえます? そうしてもらえると嬉しいかもですよ、オレ的に考えて。

 そう思っていると、会長は険しい表情をした。彼女は少し思案し、はぁと溜息をつき、愁いのある表情を見せる。


「ただなぁ。いきなり見合いがコケると、父さんが心配するよなぁ。弱ったなぁ」


 ウーム、確かに。ウチの両親もあんなに乗り気だし、いきなり断り入れるのも、んだかなぁ。それはちょっとマズいかなぁ。

 オレも少し困惑してしまう。ちょっとした沈黙が流れ、お互いに思索する。


 そうしているうちに、会長に何やら考えが浮かんだようで、切り出してきた。


「ほんじゃあさ。取り敢えず、あたし達付き合ってみよっか?」


 ええっ、なんでそうなる? 話が一方通行なんですけど。会長、その一方通行っぷりからして、アクセラレータって異名を持ってない?


「は? 会長、オレの話聞いてました? オレには好きな人がいて……」

「いやいや、だからさ。まずはお友達として付き合ってみようってことだよ。それならいいだろ?」

「ふむ。友達ときましたか……」


 顎に手を当て、オレは暫し考える。――と、目の前を走っていた子供が盛大にすっ転んで、泣き出した。会長は立ち上がり、泣きじゃくる子供の前に行く。


「大丈夫大丈夫。痛くないよー」


 だが、会長がなだめても子供は泣き止みそうにない。


「いたいのいたいのとんでけー」


 会長は変顔をする。すると、子供は泣き止んだ。へぇ、やるじゃいの会長。ひょっとして、子供好きだったり? もしそうだとすれば、意外な一面かも。でも、よくよく考えると、会長は生徒会で面倒見いいしな。ひょっとして、いい人?

 子供をあやす会長を見遣り、ちょっとだけ彼女の事を見直した。


 子供が泣き止んで、少ししてから、親御さんらしき人が駆け寄ってきた。会長にお礼を述べ、子供の手を引き、去っていく。途中、何度か親御さんは会長に振り返り、頭を下げた。


「ふぅ」


 ベンチに座る会長。そこでオレは、問いに対する返事をすることにした。


「いいですよ」

「何が?」

「ですから、友達としてなら付き合ってみてもいいかなぁって」

「そっか。じゃ、取り敢えず、あたし達は付き合うってことでいいんだね?」

「はい」


 オレは首肯する。


「うん、良い結論が出た。これで父さんに合わせる顔が出来たよ」


 安心したのだろうか、会長は笑顔になり、大きく伸びをした。安心したという点ではオレも同じだ。やっぱウチの両親の様子を考えると、いきなり破談にするのは不味い。つまり、この結論で良かったんだな。会長とは、お友達から始めるということで。


 オレは頷き「そうですね」と、応えた。まずまずの結論が出たので、ほっとしながら公園を出て、二人で家路についた。

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