第7話 コンビニエント

「涼平君といったかね。中々の好青年だね、キミィ」

「専務、あのねあのね。涼平たんは良一の自慢の息子なんだよぉ」


 専務は親父の言葉にニコニコとした笑みを浮かべ、慈しみがこもった目で見ている。上司と部下――というより、殆どお爺さんと孫や。


「響さん、とても綺麗な娘さんですこと」

「いや、奥さん。そんなことないですよウチのは。不肖の娘です」

「あのね、響たんは涼平たんと同じ学校で、生徒会長をやっているんだよぉ。頭もとってもいいんだよ」

「まぁ、美人でその上、生徒会長も歴任していて、頭もいいなんて素晴らしいですわ。ウチの息子なんか、理系は全く駄目で、もう文系一本に絞っちゃって」


 両親と専務が勝手に話を進めていく。だけど、その会話は殆ど入ってこなくて、言葉が頭の中で上滑りしていた。半ば呆然としながら、会長の方を見やると、穏やかな笑みを湛え、すましている。


「さて、ここは若い者に任せまして、我々は退散しましょうかな」


 専務が言葉にすると、両親と良介が席を外す。和室を出て行くお袋と目があった。「しっかりやるのよ」と声に出さずに、唇を動かす。がっつりと無言のプレッシャーをかけて行きやがった。

 そして二人きり。会長は愛想のいい笑顔から一変して、仏頂面になる。


「やっぱし、アンタだったのか。ここの表札を見たときから嫌な予感してたのよね」


 正座を崩し、胡座をかく会長。うわっ、変わり身はえー。


「オレだって意外ですよ。まさか、見合い相手が会長だなんて思いもしませんでしたから」

「で、アンタ。この見合いはどう思ってるわけ?」

「会長の方こそ」

「んー、あたしはねぇ。――と、色々と話す前に場所を変えようか」

「オッケーッス。近所の公園でいいですか? 散歩がてら行ってみましょうか?」

「見合いのわりには色気がない場所だけど、まぁいっか」


 会長が先に立ち上がり、その後にオレが続く。二人で玄関を出てからは、オレが先を歩き、公園まで案内した。


「で、さっきの話の続きですけど、会長は見合いとか、結婚についてどう思っているんですか?」


 てくてくと歩きながら、会長に質す。


「イッツ・コンビニエント」


 会長は短く返す。


「は? 何それ?」

「便利ってこと。あたしって、ほら、自分で言うのもなんだけど、頭いいじゃない。将来は敏腕の弁護士になりたいわけよ。だから、専業主夫が欲しい。あたしが稼ぎまくって、旦那は家事全般やってくれればいい。家に帰ったら、整理された部屋と熱いお風呂とご飯が自動で出来ている。イッツ・コンビニエント! ――ってことで、あたしにとっての結婚は、イコール便利ってこと」


 やや呆れ顔で会長を見る。うわぁ、この人ってば、オレ様キングダム。けど、結婚をこんな風に合理的に考えるのとか、会長らしいっちゃ会長らしいけど。合理的発言は生徒会でもやってるし。


「今は父さんの分のご飯もあたしが作ってるから、大変で大変で。ウチ共働きだし、食事担当はあたしなわけよ。料理してる暇があったら、六法全書を頭に叩き込みたいんだけど」

「はぁ」


 会長の喋りに気圧され、生返事を返す。なんか、生徒会でもお馴染みの会長の独演会が始まったよ。それ、ちっとも嬉しくないんですけど。


「何となく、アンタは草食系っぽいから、はいはい言うことを聞く主夫になりそうな気がすんだよねー。それって、あたしの条件に合うわけ。元々、あたしの場合、旦那に求めるハードルはそんなに高くないし」


 オレを一瞥し、サラリと失礼なことをのたまいやがる。

 まぁ、だけど大体分かった把握。会長の主張したいことは把握。けど、これでは不十分だ。大切なことが欠けている。結婚するのに、最も大切なものがあるだろ。それを指摘してやらねば、気が済まん。


「会長の結婚観については分かりました。けど、そうでなくてですね」

「なによ。何か文句でもある訳?」

「大有りです。結婚する前に、もっと色々あるでしょ。ほら、デートしたり、相手を想ってときめいたり。結婚するなら、何より好きって気持ちが大事じゃないんですか?」


 ごく当たり前のことを、ごく当たり前に力説する。


「あー、そんなもん無駄無駄。恋愛にパワーを向けるなら、とっとと引っ付いて、勉強した方が断然有意義。あたしは司法試験突破を目指してるんだから、時間がいくらあっても足りないくらいだよ」

「うーん……恋愛もしないで、相手と結婚するなんて、どうかと思うけどな」

 なんか納得いかない。憮然とした表情になるオレ。

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