第3話 18歳以上婚姻奨励法

 4コマ目の授業が始まった。担任の蝶野先生が、教壇の上に立つ。


「これから臨時HRを始めます……」


 蝶野先生の顔色は、心なしか蒼かった。それに、歯切れもないし、覇気もない。


「先程、国会で18歳以上婚姻奨励法が可決されました……奨励といっても、ほぼ義務化です。ほぼ強制的です。何たって、未婚の男女は税金が5割になり、婚姻している男女は税金が半分になるんですからね!」


 先生の声に、教室がどよめいた。

 え? 何? あの無茶な法案通っちゃたの? いくら、少子化が進んで、その上、TSパンデミックが起きたとはいえ、それは酷くね? 結婚してない奴は、ほぼ非国民ってことじゃん。


「それでは、皆。この法律についてどう思うか、皆でディスカッションしてみましょうか……」


 先生の声は沈んでいた。この人、行き遅れのアラサー女史だもんな。そりゃ、焦るよな。


「それ以前に、まず先生が婿を見つけないとまずいんじゃないの?」


 誰かが野次を飛ばす。先生はその声にピクリと反応し「うふふ……あはははは……うふふふ」と、乾いた笑い声を絞り出す。その目は狂気で濁っていた。こうなったらもう手遅れ。先生はすでに正気を失っているのかもしれない。


 それから、先生は徐に黒板を爪でひっかき始めた。ぎぎぎぎぎぎぎぎぎっと、甲高い耳障りな音がする。


「男……男はいねーが!」


 先生はゾンビのように教壇の上を彷徨いはじめた。なんというか、負のオーラに満ち溢れている。ダークサイドに堕ちたな、この人。


「蝶野先生、落ち着いて下さい! アラサーで未婚だからって、ノーチャンスではありません! そうだ、先生。婚活パーティーにでも行かれたらどうでしょうか? 女性は会費がフリーのところも多いそうですし」


 優等生である塚原委員長が慌ててフォローに入るが、火に油を注ぐ結果となった。


「つかはらーーー。そんなこと言うなら、お前が婿にこいー さぁ、これから私と婚活パーティーだっ!」


 先生の目は血走っていた。狂気すら感じられる。先生、コエーよ。なんのホラー映画だよ!

 委員長の塚原は、イヤイヤするかのようにブルブルと首を横に振ったが、先生に拉致され、ずるずると引きずられて行く。


「た、たすけ……助けてくれーーー!」


 委員長は足をばたつかせながら、教室の外へと消えていった。先生、まずいって、これ。生徒を拉致るとか、確実にパワハラでセクハラだよ。


 昼休みになり、オレは弁当箱を開けた。オレの隣に無事生還を果たした委員長の塚原。向かえにチャラ男の望月匠こと、タクが座る。この二人は、オレと気が合う大事な友達。


「災難だったな、塚原」


 オレは塚原の肩を叩く。


「生徒指導室まで拉致されたときには、もう駄目だと思った」


 塚原の顔色は未だに優れない。アラサー婚活女の必死さを垣間見たぜ。ゴクリ。


「そうはいってもさー。先生、結構美形じゃん。なんなら、僕がお願いしたいぐらいだよ」


 タクがチャラい事を言う。


「なら、お前が結婚してやれよ」


 ツッコむオレ。


「結婚はなぁ……僕、彼女いるし」


 グヌヌ。こいつ、チャラ男のくせに結構モテるんだよな。正直、羨ましい。


「なぁ、ちょっと」


 委員長の塚原が声を潜める。何事かと、オレとタクが塚原に顔を近づけた。


「このクラス……いや、このクラスに限らなくてもいい。お前ら好きな奴いるか?」


 なんか突然、恋バナを振って来ましたよ、この人。まぁ、担任の婚活女に拉致られ、塚原なりに思うところがあったのだろう。


「好きな女の子ねぇ……そうだなー。美紀ちゃん、泉ちゃん、良美ちゃん。皆いい子だよ」

「それはお前が付き合っている女の子の名前を羅列しただけだろ」


 オレはタクを睨んだ。


「じゃあ、杉内は誰が好きなんだ?」


 塚原は黒縁眼鏡の位置を直しつつ、オレを質した。


「い、いねーよ。そんな奴」


 話を振られ、動揺しつつ、弁当をがっつく。


「何言ってんの、涼平ちゃん。今年転校して来た、海ちゃんのことが好きなんだろ。モロばれだっての」


 タクが指で春野希海のぞみさんを指す。うわっ、そーゆーことすんのはやめれ!


「そうかー。杉内は春野さんのことが好きなのか。うん、いいじゃないか」

「そう言う塚原は誰が好きなんだよ?」


 ややむくれながらオレは訊いた。


「むっ、僕か。あんまり言いたくないのだが……うーん。でも、ここで言わなきゃフェアじゃないよな」


 塚原はそこで間を置いた。オレとタクはわくわくしながら、彼を見る。


「僕は生徒会長の心音響こころねひびきさんがいいな。もっとも、彼女はハイスペックだから、競争率が高いから、まぁ、僕なんかお呼びじゃないけどね」

「ふーむ、心音さんか。生徒会長やってるだけあって、朝の全校集会とかで、なかなか鋭い発言をしてくるよね。頭が切れて、おまけに美人さんな」


 タクが相槌を打つ。


 生徒委員会の庶務をやっているオレは、会長の端正な顔を思い浮かべた。うん、確かに美人だ、美人。塚原の奴も、真面目なくせに、結構いいところをついてくるじゃない。


 そんな恋バナをしているところに、春野さんと一緒に弁当を食べていた女子の一人が立ち上がり、こちらにやって来た。おいおい、オレ達の会話聞かれたんじゃねーだろーな。


「ちょっとタク君。ジロジロとこっちを見ないでくれる?」

「おっ瑞穂ちゃん、チース。いやぁ、あまりに瑞穂ちゃんが可愛かったもんだから、つい見ちゃうんだよねー」

「ふ、ふん。おだてたからって何にも出ないわよ」


 なんか女子が顔を赤らめているぞ。やっぱ口うめぇな、タクは。伊達にモテている訳ではない。


「それより、瑞穂ちゃん。海ちゃんって好きな人がいるのかな?」

「は? 知らないし」

「うしっ。なら、直接本人に聞いてみるとするか。瑞穂ちゃん、援護よろしく」


 タクは席を立ち、瑞穂さんと一緒に、女子グループの方に歩いていった。

 オレはぐびりと唾を飲み込み、女子グループの成り行きを見守った。

 暫くして、タクが戻ってくる。


「海ちゃんね。今は特に好きな人いないそうだよ。初恋は幼稚園の頃らしい。それから引っ越しちゃって、その男の子と離ればなれになっちゃったから、その子が未だに気になっているんだって」


 タクが勝手に報告を始める。ウム、実にいいこと聞いた。有能なやっちゃ。


「そうであったか。報告ご苦労。特別に、タクには妹の弁当をやろう」


 オレはタクに弁当を差し出す。


「妹? 涼平ちゃんに妹なんかいたっけ?」

「妹ってのは、良一だったりするんだけどな。アイツ、TSパンデミックにかかって、弟から妹にジョブチェンジしたんだよ」

「うむむ。――ってことは、これは野郎の手作り弁当? いやいや。しかし、今は妹な訳だしな……うーん、女の子のお弁当となれば、食わずにいられないっしょ。ほんじゃ、皆で分け合いながら、食べよか」


 弟……妹……いや、良一の弁当を三人で取り分け、和気あいあいとしながら食べた。良一の弁当は意外なことに、結構旨かったりした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます