テンプレ65 「勇者の余裕」

 イスズは街中に張られたポスターを見つけるごとに破り捨てて周った。


「この世界の技術ならそう多くは作れないはずだが、なんなんだこの量? 異世界なら紙も重要だろうが! こんなに無駄使いしやがって!!」


 不機嫌に歩くイスズの後ろからパッとフェデックの手が上がる。


「イスズさん。たぶん、これってボクが発明したコピー機を使っていると思います! ですので、破いてもすぐに張り直されますよ!」


 ピタッとイスズの手が止まる。


「どういうことだ?」


「ほら、ロボを作るにはお金が必要じゃないですか! ですので、コピー機を作って、その作成方法ごと売りました!」


「おかげで、いま窮地に立たされているということか」


「結果的にはそうなりますけど、流石のボクでもこの展開は読めないですよ~。でも、張っている張本人、つまり勇者リミットさんを探すのは容易なんじゃないですか?」


 フェデックは悪びれる様子もなく、そう言ってのけた。

 イスズはその言葉を聞いて、しばし逡巡すると、閃いたのか、手をポンっと打った。


「おい。ルー、付いて来い! それとアリお前もだ」


 イスズは掴まれており拒否権のないアリとルーを引き連れて近くの酒場へと入る。


「おい、アリ、可愛い女の子を探せ」


「おうよっ! …………ハァァァァァ!!!!!」


 アリは絶叫を上げた。


「イ、イ、イ、イイイイイイ、イスズ、どうした。おい。マジでどうしたんだ。お前、そんなこと言うヤツじゃなかっただろ! 悪いモンでも食べたか? もしくはさっき頭でも打ったのか!?」


「いいから、さっさと探せ。こういうのはお前の得意分野だろ!」


「あ、ああ、そうなんだが……、あっ! 可愛い子!」


 アリはイスズを心配しながらも、目はいつものクセで可愛い女の子を探していた。


 イスズはアリが目をつけた美少女に話しかける。


「マジか~、イスズがナンパかよ~」


 嬉しいような悔しいような色々な気持ちが入り混じった声を上げる。


「おい、お前、この辺でよくこいつと一緒にいた男の所在は分かるか?」


 酒場にいた美少女はルーの姿を見ると、2つ返事で知っていると答えた。



「勇者の居場所が分かったぞ!」


 イスズが言うと、ヤマトは大きく驚くジェスチャーをしながら、どうやったのか聞いてきた。


「ああ、お約束だ。酒場にいる美少女はかなりの確率でイケメン勇者に好意を持っているもんだ。他にも女なら鍛冶屋、道具屋、ギルド受付でもそうだろうな」


「えっと、つまり、モテすぎて身バレしたってこと?」


「まぁ、そうなるな」


 酒場の美少女から聞いた場所に足を向けると、そこは一軒屋にしては立派で、もはや屋敷と呼んで差し支えない家があった。


「なるほど、ここが勇者の拠点だな」


「あちゃ~、とうとうバレちゃったか~。残念!」


全然残念そうではなく、笑みを浮かべながら今度は屋敷へと目を向けた。

 その様子は、ようやく飼い主の元へと戻ってこれた犬のようであり、ここがルーの居るべき場所であることを思い出させる。


「さてと、それじゃ入るんでしょ? リミットくんの部屋は1階の右側だよ」


 ルーは嬉しそうな笑みを浮かべながら、ノックもせずに屋敷の扉を開けた。



 勝手知ったる家なのでルーはずんずんと進んでいく。

 その後を追うのはイスズとアリだけだった。


 ヤマトとクロネ、フェデックはイスズに言われ勇者が逃げないよう外を見張っている。


 ルーは木製の扉の前で止まると、今度はノックしてから扉を恭(うやうや)しい動作で開け放った。


 イスズは導かれるように部屋へと入る。

 そこには机とベッドあとはおびただしい量の本が詰め込まれた本棚があるだけの簡素な部屋だった。

 勇者リミットはそんな部屋のベッドに腰掛けるように座って、まるで来るのを予期していたかのように穏やかな表情を浮かべている。


「驚かないんだな」


 イスズはどこかで予想はしていたが、とりあえずといった感じで投げやりに言葉をかけた。


「まぁね。ルーのおかげで情報は逐一入っていたしね。そっちこそ僕が起きてることに驚かないの?」


「クロネが1日で起きれたんだ。お前の仲間にアリと同じように魔力を分けられる奴がいれば、起きていても不思議じゃない」


「ふ~ん、思ったより冷静で理論的なんですね。確かに僕はファシアンから魔力をもらってこうして座るくらいには回復しましたが、弱っているには変わりない、やり合いますか?」


「ふんっ、いますぐお前の顔をぶん殴ってやりたいところだが、こんな状況で出来るわけないだろ」


 鼻をならしながら、不愉快そうに声をあげた。


「あ~、やっぱり、そうですよね。イスズさんでもそのポスターは予想外だったんじゃないですか?」



 リミットはニヤっと犬歯をのぞかせるように笑みを作ると、話し始めた。


「イスズさんがルーに話したのはいい線いってましたよ。1つ抜けている以外は完璧です」


「1つ抜けていたら全然ダメだろうが! 完璧には程遠い。そんな認識だと今に痛い目をみるぞッ!!」


「僕に限ってそれはないですね」


 リミットは呆れたように肩をすくめる。


「抜けた1つは、なぜ僕がパーティをあなたたちにけし掛けたのかとポスターに繋がるんですけどね」


 リミットは机に置かれたポスターを指差す。


「そのポスター。実はすでに偉い人に渡しちゃったんですよね~」


「クソ野郎がッ」


 イスズは一瞬でその言葉の意味を理解し、罵倒した。

 偉い人。この都市では王様なのかなんなのかは知らないが、そういう連中の目に止まっている行事なら、もし万が一、リミットをここで倒していた場合、想定しうる最悪の状態になっていただろう。そして――。


「テメー、俺らを油断させる為に仲間を送り込んできたな」


「察しが良すぎますよ。まぁ、その通りなんですけどね。人間追い詰められると思考能力が下がりますからね。焦って僕の元へ来たなら何も考えずに倒しにかかるでしょ。まぁ、でも、途中で誰かが倒してくれるのが一番だったんだけどね」


 この場では攻撃されない為なのか、リミットからは余裕が見え隠れする。

 イスズにはその余裕が別のものから来ているように見え、確証はないが、質問を飛ばす。


「お前、実は全快してるな?」


「ありゃ、そこまでバレますか。いや~、困ったなぁ」


 全然困っていなそうに首元をさする。


「なるほど、要は俺らはお前の手の平の上でいいように動かされていたって訳か」


「どうですかね? 僕は神様から最強の頭脳をもらっているんですから、その策略を最強の頭脳を持っていないにも関わらず、ギリギリでかわしたんですから誇っていいと思いますよ」


 ニコニコと微笑む少年に対し、イスズは苛立ちを隠さず、聞こえるよう露骨に舌打ちすると、背を向けて捨て台詞を吐きすて扉を閉めた。


「勝負の日取りはいつだ!? そこで正々堂々、真正面からぶっ潰してやる! 首を洗って覚悟しておけ!!」

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