テンプレ8 「鬼退治」

 シュエはその体躯に見合わぬスピードで駆け出した。


「どんなに自信があろうと所詮、魔法使い。近接戦で我らオーガに勝てるはずがないっ!」


「近づいたくらいで勝てるなら、その魔法使いは3流……」


 ぽそりと呟くと同時にクロネは軽く手を振った。


 轟音をとどろかせ地面が隆起し、シュエとクロネの間に壁として立ちふさがる。


「こんなものでっ!」


 シュエは自慢の腕力を振るい、一撃で土壁つちかべを破壊する。


「ッ!」


 景色が開けると、そこには数十本もの氷柱つららが浮いており、ミサイルのように一斉にシュエへと襲い掛かる。


「ウオォオオオオオオオッ!!!!」


 雄叫びを上げ、腕で顔と胴を守りながらも、接近戦になれば勝てると信じ突き進んだ。


 クロネは無表情でその様を見ていたかと思うと、信じられない行動をとった。


「バカなっ! 魔法使いが自ら近づくだとッ!?」


 シュエは自分の目が信じられなかった。

 魔法使いの強さはいかに近づかれず威力の高い魔法を早く使用できるかだ。

 しかし、目の前の小さき魔法使いはあろうことか自分で小走りに近づいてくるのだ。

 無知蒙昧むちもうまいなのか!? シュエは一瞬この魔法使いを不憫ふびんに思ったが、


「だが、ここは戦場。容赦はせんっ!」


 氷柱を受けきり、繰り出された拳はクロネを砕いた。


「なっ!? 砕け……、いや氷かっ!」


 クロネは氷を鏡のように設置し、シュエに自身の位置を誤認させていた。


 しかし、1つ腑に落ちないことがシュエにはあった。

 氷を鏡に使う魔法使いは今までも居た。しかし、そこに映し出された像は確かに走っていたのだ。つまりは反対側から近づいているということ。

 逃げるためならまだしも、近づく為に使う意図がわからなかった。


 そのとき、まるで深淵から発せられたような深く暗い、聞くものに絶望をもたらす声が背後から聞こえた。


「アイスアーマー。グラビティ付与。バースト付与……」


 シュエは恐怖し、今まで一度も出したことがない程の冷や汗を掻きながら、その声の発信源を確認する。


 フードをかぶった小柄な少女。その右腕には氷の籠手が装備され、深紫色のどんよりとしたオーラをまとっていた。


 ボッ!!


 肘の辺りから炎が噴出し、推進力を得る。


 これから何が起きるのかを理解したシュエは瞬時に力を巡らせ筋肉を硬質化させた。

 弓矢程度ならば容易に防げる筋肉の鎧。しかしそれを持ってしても不足だろうと覚悟を決めた。


 ゴォオオッ!!


 ジェット機が発進するときのような轟音と共に、クロネの拳がシュエの脇腹へと突き刺さった。


「ガァアアッ!!」


 重く鋭い一撃が、筋肉の鎧を易々と貫きシュエへと多大なるダメージを与える。

 シュエは呻き声を上げ、顔を苦痛に歪ませるが、それでも倒れることはなかった。


「こ、これしき……。我はもう二度と主を失う訳にはいかんのだッ!!」


 腕を振り上げ拳に力を入れる。

 クロネへと向かって打ちつけようと振り下ろす。


 クロネは当初、驚きの表情を見せたが、拳が迫る瞬間に見せた表情は母親のような笑みだった。


「……強くなった」


 ぽそりと呟きながら軽く手を振るう。


 ボンッ!


 シュエの顔面に拳大程の火球が襲い掛かった。


「ッ!?」


 その威力は常人なら意識を刈り取るには充分過ぎる程で、満身創痍まんしんそういのシュエはなんとか気を繋ぎ止める。


 耐え切ったと一呼吸おいたシュエの瞳に絶望的な光景が映し出される。


 1発だけだと思っていた火球がクロネの背後に未だ十数発も控えていたのだ。


「ウ、ウオォオオオオオ!!」


 絶叫を上げながら火球を全身へと浴び、もうもうと煙を上げ倒れていく。

 シュエは倒れ行くなか、火球の爆風によってめくられたフードの下のクロネの顔を見た。


「なッ!? 先代……。ふふっ、勝てない訳だ」


 ドシンッ! と大きな音を立て地面へと伏したシュエの顔はどこか満足したような表情を浮かべていた。



「おいおい。圧倒的じゃないかっ!」


 クロネの実力を知らないアリは興奮したように声を上げた。


「まぁ、『元』魔王だからな。四天王程度には負けないだろう。それはいいんだが、絶対魔王四天王ってクロネが付けたな」


 苦々しげに吐き捨てるように呟いたイスズは決着を見届けるとアリを持って立ち上がった。


「おい。そこのもう一匹のオーガ。お前は2人を連れてさっさと帰れ!」


 イスズに吹っ飛ばされて気絶していたオーガを介抱していたオーガはコクリと頷き、逃げ腰でシュエを連れて去っていった。


「さて、あとはこの騒ぎをヤマトの手柄にすればいいな。あいつはどこに行った?」


 すぐに見つからないヤマトにイライラしながら周囲を探していると、 


「あっ! いたいた~!!」


 さらさらの銀髪をなびかせ、ただでさえ強調されている胸をさらに見せ付けるようなほぼ水着のような上衣。すらりとした生足を惜しげもなく見せるパンツ姿。

 元勇者ヤマトはイスズ達に走って駆け寄った。


「お店の人が選んでくれたやつ、可愛いでしょ! でも変なのよねぇ。アタシがあんたに殴られて苦しんでる間にいつの間にか誰もいなくなってて」


 ヤマトは小首を傾げながら不思議そうに言う。


「今までずっと着替えてたのか?」


「へっ? そうだけど。似合ってるでしょ?」


 ヤマトは見せびらかすようにクルリと一回転して見せた。


「俺たちが闘っている間に痴女みたいな格好にわざわざ着替えか……」


 怒りで口角がピクピクと引きつりながら、イスズは次にアリに指示を出した。


「こいつが鎧を着るまでモザイクをかけろ。それからこれから行われる鉄拳制裁を誰にも見られないようにしとけ。いいなっ!」


 本当なら美少女のヤマトに対し何か言いたかったアリだが、イスズの殺気のこもった目にアリは大人しく従い、モヤがヤマトを覆う。


「えっ? なにこれ! あれ? なんでイスズそんな怖い顔……。ちょっと指バキバキならすの止めてよ。キャア~~~~~」

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