第2話

 畳1畳分程の、狭いベランダに出た。欠伸しながら作った、ブラックコーヒー入りのマグカップを右手に。煙草を左手に。銘柄はホープ。僕の指先にしっくりと収まる、小さな希望。


 コーヒーを1口啜って、それから煙草を咥える。そこまで動作が進んで、僕は肝心なことに気がついた。火がない。


 寝ぼけてるなあ、と寝癖のままな頭を掻きながら、部屋に引き返す。マグカップをテーブルに置いて、その隣にあるマッチを手に取った。外出先ではライターだが、実のところ僕はライターよりマッチ派である。職場の同僚や友人には「今時珍しい」なんて言われるが、このポリシーを曲げるつもりはない。マッチを擦る感覚と、火が点く「ポッ」というあの瞬間が好きなのだ。


 もうベランダに出なくていいや、とその場で煙を大きく吸って、スモークのように吐き出す。魂のように口から抜け出た煙が、部屋の空気に馴染んで溶けていく。


 煙の行方に合わせて、視点が部屋の全体に移る。簡素なベッド。真っ白なテーブル。中古のテレビ。隙間の多い本棚。やはり職場の同僚や友人には「物が少ない部屋だ」なんて笑われるが、この部屋のスタンスが変わる予定はない。というよりも、きっとすぐには変えられないだろう。自分のつい考えてしまいがちな癖が、煙草の匂いと一緒に染み付いてしまっている。


 二口目の煙を吸って、壁掛け時計を見た。


 10時2分。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る