【すごく長いSS】SIDE:リリィ
今回のお話はリリィのSSです。
というわけで、SSでは若干の違和感などはご容赦いただければと存じます。
SSというには本編っぽい内容の気がしますが、是非、お楽しみください。
◇ ◇ ◇ ◇
リジェルから届けられる仕事の内容は、いつも明確な目標や計画が記載されている。
そのため、オヴェリアは今回のことを知らされてすぐに驚いた。
彼女が目にした書類には、書かれていて当然の命令はおろか、計画に至る細かな情報が欠けていたからだ。
「……お兄様は何をお考えなのかしら」
先ほど、リジェルの執務室を出て自室に戻ったオヴェリア。
彼女はベッドに身体を倒し、言葉に言い表せない複雑な感情に苛まれていた。
だがそれでも、リジェルから渡された書類から目が離せない。
部屋の外から叫びに似た悲鳴がかすかに聞こえてきたが、今のオヴェリアはその音に気が付くことなく、じっと書類に目を向けている。
――――シエスタ魔法学園。
大陸全土でも頂点に立つ学び舎の一つで、特に魔法分野に限れば他の追随を許さぬ名門だ。
そんな名門に編入し、しかも仕事をしろと言われるなんて思わなかった。
でも、その仕事内容がわからない。
オヴェリアが出発する頃にリジェルが自らの口で説明すると記載はあるが、言ってしまえば本当にそれだけで、ついでに言うなら今さっき、給仕がその学園の制服を持ってきた。
制服は窓際に掛けてあるから、横を見ればすぐそこにある。
オヴェリアは多くの違和感を覚えながらも、その制服を見ていると妄想して止まない。
たとえば自分があの制服に身を包み、隣に彼が居たら――――とか。
しかも彼も制服姿で、放課後に町に繰り出して――――とか。
もう寒くなってくるから、共にコートを羽織りつつも距離が近かったり――――とか。
「っ~~」
何せ、シエスタ魔法学園があるのは港町フォリナーだ。
大陸でも有数の観光地であり、夜景の美しさは中立都市リベリナにも勝る大都市である。
そんな場所で妄想通りのことができたら、もう嬉しくてどうにかなってしまいそう。
「っ――――わ、私はなにを……」
ふと、正気に戻った。
ベッドの上で枕を抱き、ぎゅっと抱きしめて妄想にふけっていた自分に恥を覚える。
そもそも自分は仕事でシエスタに行くのだ。グレンと会えると決まったわけでも、その機会が与えられたわけでもないのに……。
……だけど、想ってしまうのはどうしようもなかった。
◇ ◇ ◇ ◇
瞬く間に時間が過ぎた。
これまで通っていた学園の級友――――友と言えるだけの仲だったのかわからないが、その顔なじみの生徒らに別れの挨拶をし、あっという間にシエスタに立つ日が訪れた。
「今日まで数えきれないほど伝えてきたとおりだ。オヴェリア、わかっていると思うが、失敗は許されない。これまで同様、命を賭して務めるのだぞ」
「……はい。存じ上げております」
珍しかった。
さすがの兄も、長きにわたる仕事とあらば見送りをしてくれるらしい。
でも昔、まだ幼かったころに汚れ仕事を受け取ったときも、最初の頃は見送りに来てくれていたような気もする。
いつからだろう? 自分が兄に強く疎まれだし、屋敷の中でも使用人の多くの目が冷たくなったのは。
「ところで、お兄様」
「なんだ」
「頂戴していた書類には、明確な目的などが記載されておりませんでした。すべては、出発する日にお兄様の口から……と書いてありましたが……」
「ん? ああ、そうだったか」
これまたリジェルにしては珍しく、仕事に対してゆるみが見えた。
わざわざ他国の学園に編入させてまでやらせたいことがある。そのはずなのに、リジェルの様子がまるで、あまり入念な準備の上の行動に思えない。
「とりあえず、卒業するまでシエスタの情勢を調べて来てくれ」
「……そ、そう言われしても……」
「特にローゼンタール周りを入念にな。私とあの男は協力関係にあるが、隙を見せればリバーヴェルごと喰われるやもしれん。気に入らんが、あの男は私より格上だ」
淡々と語るリジェルが、唖然としたオヴェリアにつづける。
「住む場所はしばらく帝都の宿にしなさい。いずれ、私と友誼のある商人を通じて、フォリナーあたりに家を用意出来るように計らう」
「あの、」
「必要なものがあったら連絡しろ。そちらに届くまで時間はかかるが用意する」
「で、ですからお兄様!」
とうとうオヴェリアが声を上げ、驚嘆に染め上げた顔を兄に近づけた。
「どういうことなのですか!? これまでと違い、命令らしからぬお言葉つづきではありませんかっ! まるで、私がもう用済みだからと仰っているようにも聞こえますっ!」
一瞬、リジェルが苦笑いを浮かべた。
内心に切なさを孕んだ、どこか悲し気な笑みだった。
「……どう思うかは自由だが、私にとっては重要な仕事だ」
彼はそう言うと、オヴェリアの肩を掴んだ。
門の外に待つ馬車に向かうよう、強引に引っ張り、彼女の背を押す。
オヴェリアはやがて、諦めた。
どこか様子の違う兄に理解ができず、扱いの雑さに消沈する。
遂には馬車の前にたどり着き、出発すべく最後の挨拶にかかる。
けど、リジェルの顔は見なかった。
せめてもの抵抗として、じっと俯いて返事を待った。
――――すると。
「ところで、話は変わるが」
いつもの調子で語りはじめた兄の声。
最後にそれを聞いて、しばしの別れ。
そう、油断していたところでのことだった。
「私はハミルトン家の嫡男をリバーヴェルに招待していた。名目は大使としてな」
「……え?」
遂に顔を上げた妹を見て、リジェルが穏やかな笑みを浮かべる。
それは、オヴェリアが久方ぶりに見た笑みだった。
「だが、ローゼンタールを通して断られてしまった。……残念だよ。可能であれば、あの剣鬼とも友誼を結びたいところだったというのにな」
「お、お兄様……?」
リジェルは背を向け、屋敷に戻っていく。
あの――――っ!
力なく手を伸ばしたオヴェリアに応えようとせず、ゆっくりと。
「聞けば、剣鬼の息子は編入先にしばしば足を運んでいるそうだ」
黙りこくったオヴェリアが、彼の声にじっと耳を傾けつづけた。
「出会うことがあれば好きにしろ。――――
「っ………え? いま、なんと仰ったのですか?」
「自由にして構わない、そう言った」
「そのことではありませんっ! お兄様は今――――ッ」
最後に一度、立ち止る。
リジェルはそのまま振り向かず、代わりに片手を上げて口にする。
「リリィ。
それは、先日も彼が口にした言葉だった。
どうして急に? 幼い頃のように優しさを?
わけもわからず、予想もつかず。
それでもオヴェリアの頬を自然と涙が伝っていく。
少しの間泣いていた彼女は給仕に従い、後ろ髪を引かれながらも馬車に乗った。
すべての真意を兄に尋ねたかったが、その兄の姿はもうなかった。
だが、馬車から屋敷が見えなくなる直前に彼を見た。
執務室の窓からこちらを見送る、幼い頃を思い出す優しい笑みを浮かべた彼を。
――――。
「よろしいのですか?」
と、執務室に戻ったリジェルに声を掛けた使用人。
その使用人は古くからロータス家に仕える者で、屋敷の中でも、リジェルが昔から信頼を置けた人物の一人であった。
「しばしの別れです。どうしてあのように振舞わねばならなかったのか、理由を仄めかすだけでもお嬢様はご理解くださったと思いますが」
「……いや。すべての憂いがなくなってから、そう決めている」
「では、これ以上は申し上げません。旦那様がお決めになられたのでしたら、私もその日をお待ちいたしましょう」
使用人の声に頷いたリジェルが、頬をパンッ! と強く叩いた。
僅かに赤くなった頬が窓ガラスに反射する。
それを見たリジェルは、どこか少年のように笑った。
すると彼は、壁に下げていた外套を手にして歩き出す。
「行くぞ。次はセシル皇国だ」
つい先日までリベリナに居たのに、また他国への仕事である。
いつもの足取りで、でも、いつもとどこか違った足取りで。
それはきっと、リジェルの頬に浮かんだ晴れやかな笑みによるものだろう。
◇ ◇ ◇ ◇
およそひと月が過ぎ、長旅が終わろうとしていた。
ケイオスを経由してシエスタに向かっていたオヴェリアの視界へ、遂にシエスタが誇る帝都が広がりつつあったのだ。
(あれが……)
軍事大国シエスタが帝都が、徐々に徐々に近づいていた。
仕事で各国を駆け巡ったことのあるオヴェリアから見ても、その帝都は大国にふさわしき荘厳な光景であった。
比肩する大都市は、それこそ二つしか思い浮かばない。
まず一つは、大陸一の軍事力を誇るセシル皇国の都。
もう一つは、聖地が総本山である。
オヴェリアが生まれ育ったリバーヴェルの首都も大都市ではあるが、それでも、いま思った三つの大都市には劣ってしまう。
やがて彼女を乗せた馬車が門前で止まり、騎士に声を掛けられた。
「ロータス家の方とお見受けする」
それに対し、御者が答える。
「こちらを。貴国より頂いた正式な書類にございます」
「……確認した。シエスタへようこそいらっしゃった。我らはロータス家を歓迎する」
こうして、シエスタが帝都にはじめて足を踏み入れた。
馬車が進むにつれて移り変わる景色を見ていると、徐々に貴族街と思しき一角に近づいていた。それと同時に、巨大な建造物の前で馬車が停まる。
それが宿であることに、オヴェリアはすぐに気が付いた。
間もなく泊まる手続きのほか、用意された一等室に荷物を置いて息を吐く。
だが、すぐに宿を出た。
オヴェリアにはやるべきことがあって、そのために城の近くにある施設に足を運ばねばならない。
彼女は迎えに来たシエスタの者に連れられて、大議事堂へと足を運んだ。
何故かと言うと、ロータス家の者として成すべき仕事があるから。
顔をあわせなければならないシエスタ貴族たちと言葉を交わし、もう聞きなれた、美貌を称賛する声に愛想を振りまいた。
――――こうした仕事は、数十分してようやく終わる。
用意されていた客間を出たオヴェリアは、宿に戻るため、リバーヴェルの屋敷から連れてきた使用人たちと共に回廊を進んだ。
そうしていたら、面前から。
「やぁ、こんにちは」
オヴェリアも見たことのある、とある大貴族が近づいてきた。
「ローゼンタール閣下。お久しぶりでございます」
「うん、久しぶり。まさか貴女ほどの方が、本当に我が国へいらっしゃるなんて」
「まぁひどい。こうして目の前に居るというのに、まだ疑っておいでなのですか?」
「仕方ないだろう? 貴女がリジェル殿にとって重要なお人だから、そう思わざるを得ないってわけさ」
何やら含みのある言葉で、それを聞いたオヴェリアは笑みを繕うにとどめた。
「貴族たちとのつまらない話は終わったようで」
「いえ、つまらないなどとは……」
という、いつものラドラムの態度に毒気を抜かれたオヴェリア。
兄なら上手く返せたろうが、この場に居るオヴェリアは若干の緊張もあり、失礼に当たらない程度の軽口を返せなかった。
けど、幸いなことに助けが来る。
ラドラムの後ろから近付いてきた美丈夫が、そのラドラムを軽く小突いたのだ。
「法務大臣殿。お客人を困らせてどうするのです?」
その美丈夫はオヴェリアを見て、一瞬だけ彼女の髪色に気を取られる。
しかしすぐに改まり、
「私はクリストフと申します」
彼の言葉を聞いたオヴェリアがハッとした。
「オヴェリア・ロータスと申します。閣下のお噂は聞いておりますわ。数多くの逸話を残された、伝説の雷使いであるとか」
「……お恥ずかしい話です。恐らく、尾ひれがついてのことでしょう。――――っと、失礼。私はもう城に戻らねばなりませんので」
忙しなく去ってしまうクリストフの背を見て、オヴェリアは思い返す。
(彼が例の魔法師団長……。皇帝直属の暗部、帝剣の頂点にも匹敵すると言われている雷使い……)
不躾に思われぬ程度にその背を見送っていたところへ、ラドラムがわざとらしく咳払い。
彼の方を見たオヴェリアは、リジェルが警戒したという笑みを目の当たりにした。
「あの方も多忙な方でしてね。最近では軍務の件だけでなく、弟子の育成にも力をいれているみたいですし」
「あら、お弟子様がいらっしゃったのですね」
「そうなんですよ! あ、ちなみにとてもいい少年ですが、どうです? 会ってみますか?」
「……いえ、私は別に……」
「その弟子は見た目もよく、人となりも立派な少年ですよ。きっと、オヴェリア嬢も気に入ると思うのですが……あまり、興味はありませんか?」
「そうではありませんわ。聞けば随分素敵な殿方のようですが、だからと言って成すべきことを成さず、ただ異性と会う時間を設けるのは祖国に申し訳が立ちません。私はシエスタへ留学した身ですもの」
「ふむ、それは残念だ」
それらしい言い訳を口に出来た自信はあったが、それでも、ラドラムがあっさりと引いたことが気になった。
だがオヴェリアも、雷帝の弟子と聞いて気にならないわけじゃない。
これはあくまでも職業病のようなものだけど、情報を得たいという考えはあった。
しかしここで急がなくてもいい。
いずれ、その機会は訪れるだろうから。
「――――ああそうだ。気が変わったら僕の屋敷に来てください。実はそのお弟子さんと会う予定があるので、今夜なら会うことが出来ますよ」
「お気遣いいただき感謝申し上げますわ。是非、私の都合が合いましたら」
事実上の断りを告げれば、ラドラムは一見人の良さそうな笑みを浮かべて立ち去ってしまう。
すると、オヴェリアに付き従う使用人が近づいて耳打ち。
「旦那様も仰っておりましたが、ローゼンタール閣下は油断ならぬお方ですね」
◇ ◇ ◇ ◇
やがて、はじめてシエスタ魔法学園に行く日がやってきた。
オヴェリアはリバーヴェルからずっと同じ馬車で移動しており、帝都からフォリナーへの道もまた、同じ御者たちと共に進んだ。
(もしかして……あのお屋敷が……)
小高い丘の上に、一件の目立つ屋敷があった。
恐らく、あれがハミルトン邸だ。
……行きたい。今すぐに。
そしてグレンと再会し、熱い抱擁を交わしたかった。
いっそ、思いの丈を口にしたいくらいだ。
胸の奥が熱くなってきた。
屋敷を見つめる目が離れない。
「お嬢様?」
正気に戻れたのは、給仕の声で。
恋に身を焦がされそうになるのも悪くないが、自分の立場を鑑みたオヴェリアが気持ちを正す。
「何でもありませんわ」
おかげで学園へと意識を戻せた――――と思ったのは、多分気のせいだったと思う。
◇ ◇ ◇ ◇
(この方が学園長……)
一目見て分かった。
間違いなく、彼女は
だが、それがどうでもよくなるくらい奇特な人だった。
噂に聞く大魔導師の人柄に、オヴェリアは若干気圧されていた。
「だから悪かったって……別にアルウェンを困らせようとしたんじゃないんだ。ただほら、間違えてしまったってだけで……」
「そういう問題ではありません! まったく……
「ッ――――!?」
オヴェリアが思わず目を見開き、驚きを露にした。
すると、その様子に気が付いたジルヴェルタ―が「んお?」と情けない声を漏らし興味を示す。
「グレン君と知り合いかい?」
何と答えるべきだろう。
素直に知り合いと言うのは悔しくて、かと言って近しい仲と言うのも……勝手な判断だ。
でも、その迷った時間だけで十分だった。
ジルヴェルスターはその姿を見て笑う。
「ほぉ~! なるほどなるほど! そういうことかい! だったら忙しそうにしてたあの若者を、羽交い締めでとどめておくべきだったかもしれないね!」
「な、なんのことですの……? 私は別に……!」
「あー、無理無理。私ってこう見えて勘が鋭くてね、外れたことがないんだ」
すると、ジルヴェスターが遠慮なく立ち上がった。
そして何をするのかと思えば、オヴェリアの手を引いて窓際に向かう。
窓の外を見て、この目的を悟らせられる。
(っ……グレン、様?)
見間違えるはずがない。
絶対に、確実に彼だった。
「若者には色々手伝ってもらってるんだ。実はさっき、可愛い転校生が居るから会って行くかい? って聞いたんだけどね。残念なことに断られた」
少し嬉しかった。
ジルヴェスターの誘い文句に気を引かれなかった彼のことを思えば、何となく、それはそれで嫉妬せずに済んだ気がしたから。
でも、彼の傍には二人の女性がいることも知っている。
シエスタどころか、他国にもその美を轟かす二人の花がいることを。
「どうだい? よかったら、今からでも呼び戻せるけど」
「……いいえ」
しかし、オヴェリアは無理やり心を律して我慢した。
「グレン様はお忙しいとのことですから、私の都合で呼び戻すなんてできませんわ」
言い表せないけど、確信があった。
きっと、自分たちは別の形で再会できるはずだ、と。
◇ ◇ ◇ ◇
学園には翌日から通いはじめた。
編入した彼女は数多くの声を向けられたが、中でも多かったのは異性からの声だ。
これは、仕方のないことだった。
オヴェリア・ロータス。
見目麗しい容貌はまさに傾城の言葉に尽きる。
柔らかい物腰に、家柄も最高。
これにはシエスタ人に限らず、他国からの留学生を含んだ多くの者たちが、彼女と縁を持ちたくて足しげくやってきた。
しかし、防御は鉄壁。
彼女の返事からは、色よい言葉が聞こえてくることが一切なかった。
それもそのはず。心は、とある人物に占領されていたから。
けれど幸いなことに、同性から疎まれることはなかった。
思いのほか、オヴェリアは同性からの人気もあったのだ。
(…………)
不意に見かけた二人の生徒。
名前も知らず、難燃性かも知らない二人組だったけど、気になったのはそれが一組の男女で、明らかに恋仲にあるであろう親密さであったからだ。
ようは、その二人が羨ましく思えたのだ。
ああして隣にグレンが居てくれたら、と思わずにはいられない。
「私も……」
「ロータス様? どうかしたんですか?」
「……いえ、何でもありませんわ」
行動を共にする女生徒の声に応え、再度足を動かす。
向かう先は学園の大講堂で、今日は銀月大祭に関する話がなされる日だ。
それは学園祭としての側面もあるから、また想像せずにはいられない。
無理なのは分かっていたけど、彼と一緒に出し物を巡れたらどんなに楽しいだろう。
ふふっ、と上機嫌な笑い声が漏れて、それを聞いた異性が無意識に魅了された。
――――それから数十分後、大講堂は予定通り賑わった。
外部の者も交えた説明のための集いが、滞りなく予定を消化していく。
やがて訪れた休憩の際、オヴェリアは手洗いに行くべく席を立った。
そして少し経ち、大講堂に戻ってからのことだった。
(あら?)
大講堂の灯りが不意に消えたのである。
歩くだけで多くの生徒の視線を奪っていた彼女は、それが少し嬉しかった。
自分に興味を持ってもらえること自体は光栄だったものの、常にその視線にさらされるのは好ましくない。灯りが消えたおかげで解放され気分になり、悪い気がしなかった。
それに、暗いところで行動するのは慣れている。
ここ数か月の間にも、グレンと夜のリベリナで暗躍したことがあったからだ。
だが、
「――――あちら……でしたわよね……」
ほんの一瞬、自分のクラスの生徒が座る場所に目を向けたとき。
この僅かな隙に、誰かと肩がぶつかった。
(……え?)
オヴェリアは一瞬目を疑った。
衝突を予感するや否や、間髪おかず対応して見せた相手の身のこなしが、おおよそ学生のそれでなかったから。更に自分を気遣ってわざと腰を突いた相手を見て、間違いなく手練れだと思った。
「も、申し訳ございません……っ! ちょっとよそ見をしてまして……っ!」
「いえいえ、俺もなのでお気になさらず」
慌てていたせいで、相手の声色に耳を傾けきれなかった。
しゃがんだオヴェリアはスカートの中が見えないよう気を付けて、散らばってしまった紙を急いで集めはじめる。
「――――リア様。どうかなさったの?」
「……ータスさん! よければ、俺の手を!」
「いいや――――それなら俺が――――ッ!」
級友たちの声が届いた。
恐らく、自分の声を聞いて近づいてきたのだろう。別にこのくらい気にしなくていいのに、こう思いながら衝突しかけた相手に集中する。
「重ねてお詫びいたしますわ。先ほどは私の不注意でし――――」
改めて謝罪の言葉を口にすると同時に、事が起こった。
集めた紙を相手に渡そうとして、相手の顔を見た刹那のことである。
(う……そ……)
辺りがまだ暗いのが、まるであの夜みたいだった。
共にリベリナの夜に紛れ、暗躍したあのときのように。
白獅子と戦い、勝利したあの夜のように。
「…………」
「…………」
彼も同じことを考えている。
これは確信だった。
互いの思考や趣味が合いすぎるがゆえに理解できる、第六感のようなものだった。
(夢、みたい)
言いようのない気持ちが心を占領する。
恋焦がれた自分を慰めるように、やがて大議事堂に光が灯される。
……胸が早鐘を打っていた。
彼の耳に届かないか、ちょっと不安で照れくさいほどに。
「……また、お逢いできましたわね」
もう、我慢の限界だった。
グレンの胸に飛び込んだオヴェリアのことを、グレンは驚きながら受け止めた。
だから、遠慮はしなかった。
衆目に晒されているという事実は鑑みるべきだったけど、オヴェリアはそれでも自分を抑えきれず、文字通り全身でグレンに甘えたのだ。
「リ、リリィ!?」
「ええ、私ですっ! リリィですっ!」
いつしか涙が零れ落ち、止まらない。
彼の背中に回した両腕が、ひしっとしがみ付いて離れようとしなかった。
――――思えば、これは二度目の再会だ。
一度目はリベリナの宿で。
夜会の際に、ソファ越しの再会を果たしたあの夜だ。
そして、今回が二度目。
二度目はナイフを持たず、それを突き付けることもない。
代わりに向けたのは恋心だった。
だからだろう。
今回の再会で彼に受け止めてもらえたことが、どうしていいかわからないくらい幸せに感じた。
◇ ◇ ◇ ◇
実は最近のリリィがヒロイン力が高すぎるがゆえ、お蔵入りの予定でした。
でも、それはそれで勿体ないし、かわいそうということで………。
ですがアリスとミスティの出番も増えますし、二人の可愛いシーンもたくさん出てきます!
なので是非、これからの展開もお楽しみいただけますと幸いです!
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