グレスデンの貴族(個性的)と出会って。

 翌日、ちょっとした用事のために学園へ顔を出した俺は、何とも表現し難い居心地の悪さに苛まれた。

 特に男子諸君からの視線がきつく、まるで針の筵だ。



 だがしかし、本日の滞在時間は決して長くない。

 別に少しの辛抱だと思えばいいのだ。



 ……昼下がりに到着した俺はこの後、アルウェンさんに父上からの連絡を確認してもらい、サインを貰ってさっさと屋敷に帰るだけ。

 その後は帝都に向かい、帝都に本拠地のある商会へお使いに行く予定だ。



「わざわざ申し訳ありません……学園長には私から伝えておきますので……」



 いつも通り腰の低いアルウェンさんとのやり取りを終え、俺は最後に気にしていない旨を苦笑を浮かべて口にする。



 また、その後はすぐに部屋を出る。

 アルウェンさんが居たのは昨日同様の資料室だけど、今日も教員の方たちで賑わっていた。

 仕事を終えた俺がいつまでも残っては、さぞかし邪魔になることだろう。



(昼ご飯、ついでに貰って行こうかな)




 思えば今日も朝から忙しく、日の出間もない時間に朝食をとって以来、何も口にしていない。

 俺は腹が情けない音を上げたのに羞恥心を覚えるも、周囲に誰も居なかったことに安堵しながら食堂への道を歩いていく。



 ……もう、昼休みの時間も終わりに近い。

 生徒の多くは教室に戻っているようだし、衆目に晒されることもないだろう。



 幸い、その予想は的中する。



 食堂に至る渡り廊下などは生徒の数がまばらで、来たときに比べて注目を集めなかった。

 俺に敵意を孕んだ視線を向ける生徒はほんのわずかになる。

 他に向けられた視線や届いた声と言えば、俺に好意的なものばかりで、あっても茶化すような友好的なものに限られた。



 ……だがしかし、食堂に入ってすぐのことだった。



(ん?)



 食堂の最奥に設けられた席の一角に、男子生徒が集まった場所がある。

 そこに居た者たちが、足を運んで間もない俺へ一斉に視線を向けて来たのだ。



 まあ、多少は仕方ないと思う。

 噂の美少女転校生が抱き着いた相手が来たとなれば、思うところはあるだろう。

 思い返せば、以前はアリスとミスティとの仲も刺々しい態度で見守られたことがある、、、、、、、、、、。それは既に収まってるから、今回の件もいつかそうなると思うけど……。



「すみません。このセットを一つと……」



 とはいえ気にしているわけにもいかない。

 俺は受付に置かれたメニューから日替わりのセットを選び、



「あと、あのパンもお願いします」



 ついでに、ミスティが好んで食べる例のパンを所望した。

 アレを食べるのは随分と久しい。

 常時であれば胸やけに苛まれること必定なアレも、昨今のように日ごろから頭を使い、糖分を欲している身体には悪くない気がした。



「かしこまりました。すぐにお持ちいたします」



 受付の言葉を聞いた俺は、昼食が詰められた紙袋を受け取るまでそう思った。

 でも、袋の中から漂う香りを嗅いで、やっぱり胸焼けしてしまうかも、とも考えてしまう。

 かといって、美味しくないわけではないのだ。

 むしろ少しずつ食べれば上等な甘味に違いはない。



「ああ、そうすればいいのか」


「はい? どうかなさいましたか?」


「あ、いえ……独り言です。では、いただいていきますので」



 俺はあのパンの食べ方を学べた気がして、いい気分のまま食堂を出よう――――とした。

 廊下へつづく絨毯の境目に足を下ろしかけた、その時である。

 背後から近づいた気配の主が、俺の右肩に手を置いて声をかけてきたのだ。



「待て。リムエル様が話をしたいと仰せだ」


(リムエル……?)



 唐突な振る舞いに若干眉をひそめなかったわけではないけど、俺には事を荒立てるつもりはない。

 仕方なく振り向けば、そこには先ほど、俺に目線を向けていた男子生徒たちがいた。

 その生徒たちは皆が皆、背が高くて体格のいい男たち。浅黒い肌には派手めな装飾品がよく映えていて、一見すればどこかの貴族に見えてくる。



 それもそのはず。

 今まさに聞いたリムエルと言う名は、グレスデンの根ノ守……とかいう一族の者だから。



「どうぞ、リムエル様」



 そう言ったのは俺に声を掛けた男子生徒だ。

 この男子生徒はリムエルの御付き……とでも言えばいいだろうか? 他にも、彼と同じように振舞う男子生徒たちが居て、後ろにいた一際背の高い男子生徒を取り囲んでいる。

 で、その一際背の高い男子生徒だが、



「決闘よ、決闘」



 俺の前に来て、わけのわからぬことを口走ったのだ。



「アタシと決闘なさい」


(なんだコイツ)



 俺は唖然としつつ思い出す。

 確かこの男、祖国グレスデンに想いを寄せる女性がいるのだとか。

 だとすればリリィは関係ないはず。

 すると、どうして俺に決闘を申し込んでくるのかという話だ。



(それにしても……キャラが濃い……)



 名前はリムエル・フェッセン。

 資料には似顔絵がなかったから初見だが、何とも凛々しい男ではないか。

 顔立ちは端正に整い、流し目なんかどこか色っぽい。背丈は父上には劣るとも、それでも目を引く高さで身体だって引き締まっている。



 が、俺がこれらのこと以上に気になったのは口調だ。

 人となりや性的な事柄はそれぞれだから文句をつけるつもりはない。

 ただ、不意を突かれたせいもあって驚いてしまったのだ。



「決闘……?」


「あら、アタシの声は聞こえてたのね。黙ってたから、聞こえなかったのかと思ったわ」


「これは失礼。急なことで驚いていたので」


「あらそ。まぁ別にいいわ。アタシと決闘してくれるなら好きに驚きなさいな」



 しかし、本質的な問題が解決していない。

 なんで俺が決闘しなければいけない?



「理由もなく決闘はできません」



 と、茶を濁してみると、



「細かいわねぇ」



 逆切れされかけて、眉がピク、と動いてしまった。



(ほ、ほんとになんなんだコイツ……)



 仕事で忙しいというのに、いきなり決闘を申し込まれる。

 しかもその相手であるイケメン且つオネエ口調の男の口から、どうしてか逆に文句を垂れられた。

 これはもう、仕方のないことだ。

 そう、俺が苛立ってもしょうがないことに違いない。



(どうせ、父上を悩ませてる件だろ)



 銀月大祭に一枚噛みたい。

 グレスデンの国家としての事情であるのか、それとも自身の生家の評価を上げるためなのかはわからない。

 ただ、いずれにせよ、俺と決闘したところで好転することはない。



「仮に俺が決闘に負けても、父上とお話になっている海運の件は変わらないと思いますが……」


「な、なんでわかったのよ!? もしかして、意識を読み取る固有魔法でも持ってるの!?」


「いえ、持ってません」


「くっ……なるほど、そういうことね! さすが大国シエスタが誇る元将軍の倅……いいわ、頭の回転まで言いなんて、燃えてくるじゃない」



 燃えないでくれ。頼むから。



(帰ろ)



 あまりにも無礼な振る舞いをしたら父上にも迷惑をかける。

 だが、ある程度の礼儀は保ったはずだ。

 というわけで、俺は次の仕事に向かわなければ。



「申し訳ないのですが、帝都で用事がありますので」


「あっ――――ちょっと! 待ちなさいッ!」



 足早に立ち去りだした俺を、彼らは追ってはこなかった。

 代わりに大声で呼ばれたりしたけど、それくらい。



(最近、変な人に絡まれやすいな)



 当然だが、ミハエラもその枠組みに入ってるわけだ。




 ◇ ◇ ◇ ◇




 時間を掛けて向かった帝都では、約束していた商会の者や貴族との話し合いをこなした。

 終わった頃には空が茜色に染まっていて、貴族街を歩く俺はその空を見上げながら思う。



「いくら嫡男といえ、任されてる仕事の責任が大きすぎる」



 別に不満があるわけじゃない。

 ただ単に、同年代の貴族よりは仕事をしてるだろうなー……と思っただけだ。

 すると、俺の耳にあまり聞きたくない人物の声が届く。



「グレンじゃないか!」



 振り向いた先から、マントを翻して駆けて来る女性が居た。

 ああ……なんで貴女がこんなところに……。



「奇遇だな! 仕事か!?」


「え、ええ……ミハエラ様もですか?」


「うむ! 我も友誼のある貴族とあって来たところなのだ! して、グレンの仕事は終わったのか? 終わったのなら城に来い。茶でも出してやるぞ」


「いえ。帝都での仕事は終わりましたけど、屋敷にはいくらでも仕事があるので」


「そう遠慮するな。仕事なら城でもできるぞ? ああ、せっかくだから部屋も用意しよう。ついでにミスティも連れこんでいいぞ。姉の私が許可しよう」



 最後の言葉をどう受け止めればいいかわからないので、ひとまず笑みを繕い「また今度」と言っておく。

 そもそも、城に泊まって皇女を部屋に連れ込むとか意味が分からない。

 翌朝、知らぬ間に俺の首と胴体が切断されてるかもしれないじゃないか。



「そういうわけなので、俺はフォリナーに帰ります」



 とんぼ返りとはまさにこのことか。

 早朝はフォリナーの商会や港の関係者と打ち合わせをして、帰ってからは父上の連絡があって学園へ行った。その後で帝都に来て、またフォリナーへ戻り屋敷で仕事をする。

 我ながら、見事な仕事っぷりだ。



「仕方ないな。ではまた今度――――」



 ミハエラが素直に諦めたことに喜んでいると、彼女が貴族街の端を見て目を見開く。

 そして、彼女はニヤリと笑った。



「面白い連中がいるな。グレン、そなたの知り合いか?」



 彼女の視線の先に居たのは、俺が学園であしらったリムエル一行だ。

 彼らと知り合いかと言われると、どうなんだろう。

 一度言葉を交わしたくらいだから、言うほどではないのだが……。



(嫌だなぁー……)



 俺を追ってきた、とは考えたくない。

 もしかしたら、この貴族街に家を設けてるのかもしれないじゃないか。だって相手はグレスデンの大貴族だし、その財力があってもおかしくない。



「ちなみに、奴らの家は平民の家々の近くだぞ。そなたの父に協力すると言った後で調べてある」



 すぐに俺の希望は打ち砕かれた。

 このミハエラと言う女性、やはり勘が鋭いらしい。



「見たまえ。奴らめ、グレンを見て近づいてきてるじゃないか」


「気のせいです。でも嫌な予感がするので、回り道をして帰ろうかと――――あの、ミハエラ様? どうして俺の肩を掴んでるんです?」


「そりゃ、そうした方が愉しくなりそうだからだ」


「父上にあることないこと言いつけますよ」


「……ないことは止めてくれ。泣きそうになる」



 効果てきめんだったけど、ミハエラは諦めず俺の肩を掴んでいる。



「先日伝えた、彼らを止めるための者に連絡を取るという話があったろう?」


「え、ええ」


「既に連絡はしてあるのだが、相手がグレスデンに居る者とあって直に足を運んでくれるか危ういのだ。というわけで、どうせならこの段階である程度解決しておこうと思ったわけだが、どうする?」


「……その方法があるんですか?」


「あるとも。グレンとしても、お父君の苦労を減らしたいだろ? 一枚噛ませろとしつこい連中を止めたいだろうから、ここは是非とも我を信じてはくれまいか?」



 信じろと言われても、彼女もわかっているだろうが俺はミハエラを信用していない。

 この女性からは、あのジルさんに似た気配を感じて止まないからだ。

 特に、楽しい気配を前にしたら我慢できない性分とか。



(ま、いいか)



 でも、リムエル一行はまっすぐこちらに向かってくる。

 ここで顔を反らして立ち去ろうものなら、またどこかで顔を見せてきそうだ。



「はぁ……わかりました。でも変なことをしたら、父上に泣き言を言うかもしれませんよ」



 しかし、一度警告しておくことは忘れない。

 この年になって父に頼るのは些かカッコ悪いが、俺は仕方なくそれに耐えた。

 だって、そうでもしとかないと不本意なことになりそうだし。

 このくらいの恥、どうってことない。

 まずもってして、俺はミハエラに強く言えないのだから。



「……う、うむ。信じてくれよな?」



 それにしても、やっぱり父上が怖いみたいだ。

 なんか、悪いことをした気分になってくる。

 逆に申し訳なくなった俺は、



「嘘ですよ。そこまで疑ってません」



 こう口にすることで、ミハエラを安堵させた。




 ◇ ◇ ◇ ◇




 先日は私事に対し、たくさんの声援ありがとうございました!

(いただいたコメントはすべて拝見しております!)


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