もうすぐ故郷へ。

 良く分からない、というのが一番の感想だった。

 確かに魔力を纏っている様子はある。仮に説明しろと言われたら難しいが、触っていると確かに分かった。

 質の良さそうな革を重ねた歴史を感じさせる鞘を握るだけで、顕著に。



 ついでに鞘から抜き去ると、汚れ一つない銀の剣身が姿を見せた。

 それは昼間の陽光に照らされれば俺の顔が映るほど、磨き上げられた剣身だった。



「――――で」



 どうして急に? 確かにこういう剣が欲しいと思っていたけど、正直なところ有効な使い道は分かっていない。

 魔力を帯びたからって何が凄いのかさっぱりだ。



 屋敷の庭園にある芝生の上に転がり、陽光に照らしたり軽く振ってみる。うむ。軽いし切れ味は良さそうだけど、父上の剣の方が上質だ。

 元将軍の剣だから当たり前と言ったら当たり前だが……。



「坊ちゃん。使用人が笑っておりましたよ」



 こうしていたら婆やが来て俺を見下ろした。

 腕を組んでむっとした顔をしているけど、小柄な体格と若々しい顔立ちが相まって、あまり迫力がない。

 でも本当に怒らせたら怖いことは忘れていない。



「なんて失礼な」


「日頃の接し方もございましょう。坊ちゃんはお人がよろしいですから、皆も微笑ましく思っていたわけですから」


「そう言われると弱いね」


「それで、何をなさっていたのです?」



 婆やは尋ねて間もなく、俺の手元にある剣を見て目元を研ぎ澄ました。ほんの一瞬だったけど、確かに変わったのを見逃さなかった。



「――――ガルドタイト製、、、、、、、の剣、、を、どちらから?」



 聞いたことのない言葉に俺は小首を傾げた。

 すると、婆やは珍しく俺の隣に座り、俺が持つ剣に手を伸ばす。



「久しく見ない逸品です。これほどの品となれば相当な金額でしょうね」


「ジルさんから貰ったんだよ」


「あのエカテリウス卿がですか? 失礼ですが、どうして坊ちゃんにこんなお品物を?」


「俺も急で分かってないけど、父上が頼んでたって言ってた。俺が魔力を帯びた武器を欲しいって言ったのを覚えてくれてたみたい」


「なるほど。合点がいきました」


「それで、ガルドタイトってのは初耳だけど」



 思うに何かの鉱物、あるいは合金とかだろう。

 この剣を構築する物質なのだろうが、まさか一目見て素材を見抜くとは。婆やが妙なところで詳しくて驚かされた。



「およそ数百年前に発見された金属です。多くは旧ガルディア領の鉱山から発掘されるのですが、加工の難易度により、加工技術が確立されたのはここ百年となります」


「へぇー…………」


「加工技術も秘匿中の秘匿とされ、生き残ったガルディア人の鍛冶師だけが知ると言われています」



 だから高価な品であると。

 婆や曰く、通常の金属に勝る圧倒的な耐久や、魔力を蓄える性能が格別であるそうだ。実は父上の剣もこの金属で作られているそう。

 説明を終えた婆やは剣を指先で叩き、音を聞いていた。



「この剣のように、芯までガルドタイトで出来た剣はそう多くありません。技術の生みの親であるガルディアにおいても、通常は金属の上から纏わせるのが一般的でしたから」


「――――え、今ので分かったの?」



 婆やは笑顔を浮かべて頷いた。

 ついでに俺も叩いてみる。確かに金属の音はする。だけど、他の金属とどう違うのかと聞かれたら絶対に分からないし、芯までどうなってるのかを知るなんて夢のまた夢だ。



「恐らくガルディア軍の将官級が持っていた剣かと思われます。切れ味はお墨付きでしょう」


「そりゃすごい。ってか、そこまで分かるんだ」


「さすがに、これほどの逸品となればすぐに。あまり店にも出ないお品でしょうから、エカテリウス卿がご用意したと言うのも納得です」



 知識で給仕の婆やに負けたという切なさより、どうしてわかるんだと言う疑念が勝った。

 考えてみれば、婆やの生い立ちとかを聞いたことがない。名前を聞いたことはある。ただ、残念なことに「婆やは婆やですよ」と言われた記憶しかなかった。



 以前は鍛冶屋で仕事をしていた、とか。

 実は知らない過去があるのかもしれないし、聞いてみようと思った。



『婆や! すまん! 手伝ってくれんか!』 



 だけど、不意に屋敷の窓から響いた父上の声を聞き、婆やは立ちあがってしまう。



「私はこれで。剣で遊んで怪我をなさらないよう、お気を付け下さいね」


「…………さすがに遊ばないって」


「念のためですよ。では、失礼致します」



 婆やはいつもの足取りで去っていくが、俺はどうにも腑に落ちない。

 取りあえず剣は鞘にしまい込んで隣に置いた。芝生の上で大の字に寝直して、婆やが妙に詳しかったなーと考え込む。

 ミスティの師匠をしていたというのだから、別に変じゃない。変じゃないのだが、こうなると別のことが気になってくる。



『では、婆やはどうして城を去ったのですか? ミスティア様との仲は良好だったようですし、彼女にも城に帰って来てくれと頼まれていましたが』


『さぁね。残念ながら僕にもそこまでは分からないよ』



 ラドラムとはこんなやり取りを交わしたはずだ。



『分かっているのは、皇族に勤めていた彼女は特に第三皇女殿下の傍で魔法を教えていたことだけさ。普段はどんな仕事をしていたのかは知らないんだ』



 結果的にこの返事を聞いた俺は、不躾に尋ねることは止めようと心に決めた。だから今でも婆やにこのことは話していない。どいうか、父上にだって、ラドラムから何を聞いたかということを伝えていないぐらい。

 自分で決めた手前、気になっても聞くべきかどうか迷ってしまう。



 しかも、聞いてどうするんだという話だ。



 いくら身近な婆やの話だとしても、ミスティがこの屋敷に来るようになったというのに自分の口から語ってくれないということは、話すことの気が進まないということになろう。



 ここで俺が尋ねたところで、満たされるのは俺の興味だけ。

 波風立てることになりかねないなら、尋ねない方がいい気がしていた。

 誰にでも、話したくないことはあるだろうから。



 このスッキリしない感じに若干辟易としてしまったところで、天から注がれる陽光を遮るべく片腕で顔を覆った。

 こうして視界を隠すと、風と小鳥たちのさえずりが良く聞こえる。ついでに眠くなってくるし、偶にはこうして昼寝をするのもありかも、と思わせられる。



「いずれミスティに聞くのは――――」



 と、独り言を漏らしたところで。



「私がどうかした?」


「…………いつから屋敷に?」


「一時間ぐらい前だと思うわ。それで、私がどうかしたの?」



 また妙なタイミングでやってくる。

 というかフットワークが軽すぎやしないか。アリスと約束があって足を運んでいたのだろうが、たまに皇女であることを忘れそうになる。



「七国会談が開かれる中立都市までは何で行くのかなって思って」


「本当にそれを聞こうとしてたのかしら」



 目元を手で覆っていても、じとっと窺うような目線を向けられていることは察しがついた。



「はぁ…………答えは馬車よ。帝都から私の馬車と、貴族たちが乗る馬車がフォリナーまで来るわ。それでグレンと合流することになるわ」


「助かった。おかげで一つ疑問が消えたよ」


「もう、調子いいんだから」


「――――こほん。どうせならハミルトンに寄りたいなって思ったな」



 どうせハミルトン領の近くに行くのだから、ということだ。



「さっき、ハミルトン子爵がそれもいいなって呟いてたわよ」


「え、ほんとに?」


「ええ。部下に代官を任せてるでしょうけど、自分でも様子を確認したかったみたい」


「それだったら、数日早めに出発してもいいかも」


「私とは別行動で先に行くってことかしら」


「父上もそのほうが楽な気がしたからさ。別に早い分には問題ないだろうしね」


「…………」



 すぐ傍から不満そうな気配がする。十数秒の沈黙がそれを物語り、俺の口は次ぐ言葉を発することに迷っていた。

 だけど、突然頬に何かが刺さった。

 …………これは指だ。ミスティの指のようだ。

 問題はどうしてそれが俺の頬に刺されたかに尽きる。



「私と一緒に行くのが嫌なの?」


「おかひいな。一言もふぉんなことはいってないけど」


「ふふっ、変なの。声色は真面目なのに」



 面白かったからか不満さが鳴りを潜めたらしい。早くて助かった。すぐに彼女の指先が俺の頬から遠ざかる。



「ミスティも早く出発すればいいじゃんか」


「――――いいの?」


「皇家に問題がなければ俺としては――――」「い、行くっ! 私も一緒に行くから!」「――――りょーかい」



 まぁ、確定ではないけど。



「俺も父上に聞いとく。まだどうするつもりか確定してないだろうし」



 そう言うと、ミスティは弾む声で。



「教えてくれなかったらひどいんだからね」


「いやいやいや、すぐに教えるって」


「ふふっ。知ってるわ。ちょっと言ってみただけ」



 喜色を孕んだ声で言った。

 さて、俺も楽しみだ。

 久しぶりに長年暮らした領地に戻れるかもしれないということに、心が躍らないはずがなかったのだ。




 ◇ ◇ ◇ ◇




 夕食時になり、俺たちが食堂に会したところで。



「我々は一週間早く出立しようと思う。その間は辺境都市ハミルトンにある屋敷に宿泊だ」


「早かったですね」


「ん、何がだ?」


「てっきり、日程の調整に苦難してると思ってました」


「うむ。何なら途中で諦めた」



 潔くて何よりだ。では、どうして出立を決定したのだろう。



「アリスちゃんがお手伝いしちゃいましたっ!」



 同じく夕食の席にいたアリスが胸を張って言った。

 道理で細かな作業が苦手な父上がこんなにも早く調整を終えられたわけだ。



「アリス嬢には随分と助けられたぞ。私が数時間かかっていた作業を十数分で片付けて貰ってしまった」


「日頃のお礼です。役立てて何よりでした!」


「と、いうわけなのだ。私たちはアリス嬢のおかげで、久方ぶりにハミルトン領へ帰れるぞ。それも数日にわたっての宿泊付きだ」


「仕事もついてきますけどね」


「そう言うな。あっても確認ばかりで面倒なことはない」



 代官を務める父上の部下は中々に優秀らしい。聞けば壮年の男性だという。元は帝都で騎士をしていたらしく、立場もそれなりだったと言い、文官仕事にも長けていた。

 ちなみに元と付くのは、年齢により騎士の席は退いているからだそうだ。



「でだ。アリス嬢曰く第三皇女殿下も同行したい――――と思っているだろう、とのことだが、グレンは何か聞いているか?」


「…………どうして俺に尋ねるんですかね」


「最近は仲が良さそうだからな」



 単刀直入で結構。俺としても隠す理由はない。



「一緒に行きたいって言ってました」


「うむ。ではラドラム殿に連絡しておく。皇族が関わるなら、私よりあの男の方が失礼がなかろう」


「自分で答えておきながらなんですが、護衛とかの問題はどうなんです?」


「む――――そのことなら」


「大丈夫ですよー! 傍にアルバート様がいらっしゃるわけですし、城から変な注文が付いたりしないと思いますっ!」


「言われてみれば確かに」



 父上は照れくさそうにそっぽを向いてしまったが、考えてみれば父上は相応の実力者――――だそうだ。ちなみにこの言い方なのは、俺がその実力を見たことがないからである。

 あのクリストフだって化け物だったのに、俺の傍に座る父上はあの化け物に勝っている、とあの化け物が口にしていたのを覚えている。



 すると、そこへ。

 ローゼンタール家からの付き合いである給仕が食堂に足を運び、アリスへ一通の手紙を手渡した。



「はえ? お兄様からです?」


「夜会で必要となるドレスについてでございます」


「むむっ…………そう言われると急がないといけません! お二人とも、アリスちゃんは一足先にお部屋に戻りますねっ!」



 立ち上がったアリスは去り際に。



「では、ごきげんよう」



 普段の態度からは考えられない気品を漂わせるカーテシーを披露し、淑やかな歩き姿でテーブルのそばを離れていく。

 隠し切れない高貴さには恐れ入る。



「ふふん。どうです! 最近はパーティに出てませんけど、アリスちゃんもまだまだ捨てたもんじゃありませんよね?」


「最後まで頑張れたら完ぺきだった」


「あっちゃー、厳しいです。あ! あとでグレン君の部屋に行っていいですか? 特に用事はないんですけど、お話しましょ!」


「りょーかい。ちゃんとノックをするなら歓迎するよ」


「善処しまーすっ! ではでは、またあとでっ!」



 でもまぁ、普段のアリスの方が元気でいい。そう実感するばかりだ。



「知らぬ間に、給仕の前でも自然なお姿でいるようになっていたのだな」


「言われてみれば確かに。最初のうちは隠してましたしね」



 いつか、ラドラムの前でもそうなる日がくるのだろうか? …………いや、ないな。自分で考えておきながらあり得ないと思う。忌み嫌い合っているほどではないけど、特段仲が良いわけではないし、二人が仲良さそうに振舞う姿が想像できない。仮にしていたとしても、何か裏がありそうで怖いし。



「ところで父上」


「ん?」


「この剣のこと全く聞いてませんでしたよ」


「おお! 届いたんだったな!」



 父上が嬉々として席を立ちあがり、俺の隣に座って剣を見る。

 いいか? と尋ねられたから大丈夫ですと言うと、父上は俺の腰にあった剣を抜いてシャンデリアにかざした。



「――――」


「父上?」


「あ、ああ…………いや、何でもない。思っていたより上等な剣が届いたと思ってな」


「婆やも言ってました。芯までガルドタイト製だとか」


「グレンがガルドタイトを知っていたとは」


「初耳でしたよ。婆やが言ってただけです」


「そういうことか。しかしこれは良い剣だ。おおよそガルディア軍が将官の持ち物だったのだろう」



 それも婆やが言ってた。

 父上も一目見て良く分かるなと驚かされる。



「エカテリウス卿がこの剣を選んだ理由は気になるが、置いておく。何にせよ、これほどの逸品であれば魔法を断つことも容易だ」



 前にも聞いたことがある。魔力を帯びた武器ならば魔法を断つことができるし、自分の魔法を武器に纏わせることも容易になるのだと。だけど、これらは剣の質と寸分違わず比例するし、ただ魔力を纏っていればいいわけでもないそうで、色々と難しい問題である。



 細かな研究結果はあるそうだが、俺には良く分からない。

 いずれにせよ、俺はこの剣なら大丈夫ということだけ分かればいい。



「これは護身用だからな」


「へ?」


「危ないことをしていいという免罪符ではない、と言っただけだ」


「やだなぁ…………しませんってば」



 疑念に満ちた瞳を向けられるがどこ吹く風。

 残っていた夕食に手を伸ばし、舌を打つ。今日もいい味だ。港町は新鮮な海産物が入ってくるからすごくいい。



「ハミルトンに帰ったら山の幸が楽しみですね」


「うむ、その通りだ」



 完全に話題を変えれるとは思っていなかったけど、父上が深く同意してくれた。どうやら父上も楽しみにしているようだ。



「俺たちも何か手伝いますか?」


「いや大丈夫だ。グレンはアリス嬢と第三皇女殿下のお傍に居てくれ。屋敷の近くにある川で遊んできてくれても構わんぞ」


「姫様が遊ぶとは思えないんですが」


「自分で言っておいてなんだが、それを言ったらアリス嬢もではないか?」


「あれは遊びます。俺を川に飛び込ませようとして、嬉々とした顔で背中を狙うはずです」


「…………そ、そうか」



 でも、意外とミスティも遊ぶかもしれない。傍にアリスが居れば殊更だ。そして二人が仲良く遊ぶ姿を想像すると、二人にとっても休暇らしくて悪くないように思えた。

 せっかく服を選んでいたんだし、遠出したからには楽しんでほしい。



 もうすぐだ。

 真夏のハミルトン領はこっちより暑いが、楽しみだ。

 俺はグラスに残った果実水を一気に呷ると、フォリナーの夜景を視界に収めつつ、故郷ハミルトンに思いを馳せた。




◇ ◇ ◇ ◇



 週明けとお伝えしたのに遅れてしまい、申し訳ありません……。

 引き続き、どうぞよろしくお願いいたします。

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