シエスタ魔法学園で。
――――近頃はシエスタ魔法学園に来るのも慣れたものだったが、この日、俺が来た時には既にいつもと違った賑わいに包まれていた。
屋敷を出た頃には今日になってやっと意気込んでいた父上だったのに。
「…………訳が分からん」
馬車を下りて、学園の敷地内にあるグラウンド――――のような広場に集まった生徒の数を見て気分を百八十度変えている。
「今から体調不良ということに出来ぬか」
「父上。準備運動だと言って、半壊した船を朝から腕一本で陸地に上げた人が言う言葉ではありません」
「くっ…………どうにもならんか」
「もう諦めましょうよ。俺としても、あんなに人が集まるなんて思ってませんでしたけど」
「そうなのだ! 一体全体どうなっておる!?」
が、実際に集まった生徒の数はその倍は居たのだ。
男女問わず、そして学年問わず。
父上が、勿論、俺も驚いたのは言うまでもないが、別に、だからといって帰るほどじゃない。
――――と、そこへ。
俺たちが驚いていると、一人の男性教員が駆け寄ってきた。
「お迎えが遅くなり申し訳ありません……ッ!」
「それは構わん――――が、これはどういうことだ!? 私が聞いていたより随分と生徒の数が多いではないかッ!?」
「重ねて申し訳ありません……。お伝えしていたように、最初は最高学年の生徒の希望者のみを対象としていたのですが、下級生からも参加したいとの要望が多く……」
「むっ…………なれば無碍にも出来んが…………」
「そのため、当初お伝えしていたように、人数が増えてしまう事態となりました」
「あれ、当初お伝えしていたというのは?」
俺が尋ね返すと、教員はきょとんした顔を浮かべた。
「先日、正式に講師のご依頼をした際の手紙に書いていたことでございますが…………」
俺が父上の横顔を見ると、父上はさっと顔を反らしてしまう。
この学園の教員がミスをするとは思えない。
更に言うと、この場で取り繕うような愚かな真似もしないと思われる。
つまり、この状況の答えは一つ。
「すみません。父上が書状をちゃんと読んでなかったみたいです」
「グレン!? 言わんでもよかろう!?」
「偶に無骨一編がどうのって自虐されるんですから、せめて書状ぐらい確認してください」
「ぐっ……返す言葉もない……」
となれば、これ以上ここで駄々をこねていても仕方ない。
父上も覚悟を決めたように見えるし、それなら早く生徒の下へ。
「やれやれ、寝る間を惜しんで授業内容を考えておいて正解だった」
「え、そんなことしてたんですか?」
「当たり前だ。私は軍に居た頃だって、教えることなんてしたことがないのだ。ぶっつけ本番で授業……それも、少年少女が相手ならば私も準備せねばならんさ」
父上は甲冑の内側を漁り、分厚いメモ帳を取り出して俺に見せた。
やっぱり面倒見がいいじゃないか。
性格的に中途半端が嫌いなことも関係しているのかもしれない。何にせよ、俺としても誇らしい気分だった。
「早速参るとしよう。どれ、案内を頼めるか?」
「畏まりました。それではお二方、どうぞこちらへ」
◇ ◇ ◇ ◇
集まっていた生徒の数は、やはり多い。
登場した俺と父上を迎えた多くの声は想定通りだったが、父上の頬が引きつっていたのが面白くてよく覚えている。
でも、そんな父上も授業がはじまると意外に落ち着いていた。
まずは参加した生徒たちに準備運動をさせてから、中央に置かれた石造りの壇上に立ち、皆に声を届ける姿は毅然としていた。
「――――以上だ。理論は私が説明するまでもないだろう。砕いて言うと、魔力が通った金属であれば魔法を切ることができるということだ」
近くに立って話を聞いていた俺にとっても、父上の話は興味深いものばかりである。
「これは、現在のシエスタ帝国軍の中でも、剣を主軸に戦う者らが魔法を相手に戦う際、どうしてそれが対処可能であるかという理由に通じている。逆に言うと、魔力が通った金属――――いや、素材であれば、魔法に対して抵抗することも可能だ」
つまり、身体強化に似た使い方だ。
生徒たちが静かに耳を傾ける中、俺は密かに思うところがあった。
(俺もそういう剣が欲しいな)
いざとなったとき、更に戦いやすくなることは必定。
俺のように身体強化を主軸に置く者にとっては、父上が言うような魔力が通った武器を用意することは大前提な気がしていた。
うんうん、と頷いていると。
ふと、一人の生徒が手を上げた。
「どうしたのだ?」
「三年次の――――と申します。ハミルトン子爵はつい先ほど、魔法を切れると仰いました」
「ああ」
「その際の武器と魔力の関係についてご教示いただきたいのです。たとえば魔法の威力が勝っていた場合、魔力が通った武器の品質は関係するのでしょうか」
「勿論だとも。しかしこれは持論だが、一定の品質さえあれば後は使用者の実力次第であると思う。剣の冴えはこの場合でも重要であると理解してくれて構わない。とはいえ、かなりの逸品であるならば、この限りではないがな」
「――――勉強になりました」
かなりの逸品と言うと、どういうものだろう。
父上の剣がどれほどの品なのかも気になってしまう。
「どれ。あまり座学ばかりでも詰まらぬだろう」
用意していたメモ帳を懐にしまい込んだ父上が笑みを浮かべた。
「聞いたところによれば、皆の中には騎士の指導を受けている者も少なくないと聞く。さすがは名門の生徒と感服した」
すると、父上は俺に目配せを送った。
どうやら、実技に移るらしい。
「私としても、実技を教える方が性に合っているからな」
生徒たちから歓喜の声が漏れだした。
集まった者たちだって、父上のような人物を前に実技を楽しみにならないわけがなくて、本日の本題に移れると言ってもいいだろう。
「先に基本授業で教えられているはずの構えや振りを見せてくれ。いつものように一定の距離を開けて、その場に立って見せてくれればいい」
合図を聞いた生徒たちは一斉に間合いを取る。
一見すると、男女問わず立ち姿は堂に入っていた。
この学園で施される高度な教育のたまものだろう。
「はじめっ!」
屋敷で剣を振る時と違って、何となく優し異様な気がする父上の掛け声。
父上なりの気遣いなのだろう。
(…………)
帝都からわざわざ通う者も多いこの学園の体技の授業は、俺が想像しているより練度が高いものなのようだ。
剣筋、そして足裁き。
他にも芯の通った立ち姿は惚れ惚れした。
これが魔法学園の生徒なのかと思うと、思わず唸る。
限られた一部のエリートしかいないと思うと当然なのかもしれないが……。
「むぅ?」
父上は俺と違い、腕組みをして小首を傾げていた。
どうにも、当てが外れたような表情を浮かべていた。
「おお!」
つづけての頷きは、納得した様子である。
何に疑問を抱いてどうして納得したのか予想が付かない。
良く分からないが思うことはあったのだろう、と俺が様子を伺っていると、父上がおもむろにぱパンッ! と手を叩いた。
「そのままつづけてくれ。今から私が近くで確認するとしよう!」
その声を聞き、皆は一斉に緊張した様子で剣を振り出した。
父上は気にすることなく壇上から下りて歩き出す。
時折、生徒の手を取って教える姿を見ると、案外楽しんでいるようにも見えた。
俺はと言えば、とりあえず控えていた。
あくまでも補佐の役割を担っているだけだし、俺が教えに行くのはお角近いだろう。……そう思っていたのだが、不意に、彼女と目が合ってしまったことで話が変わってしまう。
(うわぁ……)
なんか居た。
参加するとは聞いていなかったが、俺の家に良く来る二人が居た。
ところで、二人とも意外にも剣の扱いは慣れているようだ。
考えてみればアリスは
本当は近くに行って話しかければよかったのかもしれないが、俺はふっと顔を反らす。
人気のある二人に近づいて、注目を集めるのだけは嫌だったのだ。
…………背後には、心なしか不満そうな視線が向けられている気がする。
でも、振り向いたら駄目だ。
振り向いたら今度こそ近づかなくてはいけなくなりそうだから。
「ではつづけて、小型の魔物の対処を教える」
また奇特なことを、と思ったが助かった。
補佐の俺はこれで父上の近くにいなければならないし、いくら不満とアピールされようと席を外さなくていいわけだ。
どことなく勝ち誇りって笑うと、壇上に戻った父上が言う。
「なんで笑っておるのだ?」
「勝利の笑みです」
「お、おお……勝利したのか……ようわからんが何よりだ」
父上は合点がいかない様子だったが、とりあえず生徒に顔を向ける。
「魔物と一言に言っても数は多いのだが……今回は獣に似たそれを想定する。まずは私が動いて見せるから、参考にしてほしい」
曰く、真正面から戦うのはお勧めしないとのこと。
だからまず横に反らし、剣を素早く振れるように脇を締める。
だけど、そのひと振りは生徒たちの度肝を抜いたのだ。
軽く振っているように見えるのに、皆の頬に届いた剣閃の衝撃。
僅かに地面も揺れ、生唾を飲み込んでしまう。
父上の強さの片鱗が見え、生徒たちの目をくぎ付けにした。
それから――――。
「わ、我ながら、一人で説明するには難しいな……」
父上は剣の勢いと違い、緩んだ声で説明を諦めると言ったのだ。
「手伝いましょうか」
「む?」
「俺が魔物の役をするので、剣を振ってもらうとか」
「おお! 名案ではないかッ!」
剣を抜いた俺が父上の前に立ち、構えた。
「そのままでいいぞ。適度に守ってくれればそれでいい」
「りょーかいです」
すると、間もなく。
さっきまで生徒たちの度肝を抜いていた剣が…………剣、が…………。
「あの……父上?」
さっきと違うじゃないか。
何度か立ち会ったときにはもっと強い剣戟だったが、何故か、今さっきまで一人でしていたときより勢いが増している。
「緊張感がある方がよかろうて」
「…………そういうもんですかね」
小声でやり取りをした後で、父上が。
「このように、魔物を相手取るときは真正面に立つことを避けるとよいッ! 剣を振るのも大振りではなく、あくまでも隙を狙うのだッ!」
やがて、石造りの土台にひびが入ったところで、この手本は終了する。
もういいと言われた俺は下がり、代わりに父上が「二人一組になってくれ」と口にしたところで、生徒たちがハッとして、正気に戻った。
……中にはぼーっとしていた者も多くて、父上の剣戟に驚いていたのが分かる。
「お、驚きました……」
そう言ったのは、近くに足を運んだ教員である。
「先日の飛竜襲来では大変なご活躍をされたと聞いておりますが、まさかあれほどとは……」
「え、ええ。ありがとうございます」
「生徒たちが驚いていたでしょう? あれは半分がグレン殿に対してですよ。グレン殿を称賛する声がこの私の耳にも届いておりました」
そう言われ、辺りの生徒たちを見渡してみる。
確かに、俺を見る人の数が多いように思えた。
「いかがでしょう? 事前連絡では補佐をするとのことでしたが、是非、当学園の生徒にグレン殿からもご教示賜れればと思うのですが」
「同年代、しかも年下の俺から教わりたい人は居ないと思いますよ」
「はははっ、ご謙遜を」
いや、謙遜も何もないのだが。
むしろ本心でしかないのだが。
「実は私が受け持っているクラスの生徒もおりますので、是非ともグレン殿にも講師を頼みたく存じます。あちらに何組かおりますので、お願いできればと」
そう言って、教員は何人かの生徒が固まった箇所を指さした。
俺はそこを見て、繕っていた笑みが消える。
――――理由は一つ。
「…………なるほど、目立ちそうなクラスですね」
見慣れた二人の少女と目が合ってしまったからだ。
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