第三皇女の来訪。
まず、ガルディアとは何だという気分だ。
実際のところ聞いたこともないというのが現状であり、俺は小首を傾げ、占い師の目を見て言葉を返す。
何よりも占い師の姿が怪しくて、思わず眉をひそめてしまった。
全身を覆う黒いローブと深くかぶったフードで顔元は見えないし、声もどこか機械的で人間味に欠けていた。ただ、だからと言って怪訝な瞳を向けるのも失礼だと気を取り直して言う。
「俺が? 残念だけど俺はシエスタの生まれだよ」
「ほっほぅ―――――失礼しました。その目と髪の組み合わせは、ガルディア貴族のそれでしたので」
「……で、そのガルディアって?」
先ほどは聞いたこともないと考えたが。
何処かで聞き覚えがあるような、そんな気はした。恐らく、何かの本で読んだ単語なのだろうが。
あくまでも気がしただけで、相変わらず覚えはないのだが……。
――――ツンツン、と。
服の裾がアリスに摘ままれた。
「私たちが生まれる少し前に滅ぼされた国のことですよ。正式名称はガルディア王国って言います」
「滅ぼされたって?」
「ですです。ガルディアは私たちと比べて数倍は大きな国だったんですけど、シエスタを含む連合国軍に滅ぼされました。攻め込んだ理由はガルディアの王族が周辺諸国への侵略を企てたからです。ガルディア王家の家臣がそれに反旗を翻し、半ばクーデターの形で内戦が勃発しました。そこにシエスタを含む連合国軍が攻め込んだー…………って感じですね」
「へぇ、知らなかった」
「すっごく苛烈な戦争だったらしいですよー、こちらが連合国軍だったのにほぼ互角の戦いだったとか。当時のシエスタの軍勢を率いていたのは若きアルバート様ですから、グレン君なら知ってると思ってました」
まったく知らないし、聞いたこともない。
困惑した表情を浮かべた俺を見て、アリスは少し慰めるように困ったように笑い、ころんと小首を傾げて俺を見上げた。
「ガルディア国王の側近がそれはもう強かったみたいです。何でも、アルバート様を筆頭とした実力者たちに対し、たった一人で立ち向かったとか。――――あ! ちなみに今となっては消息不明で、生きてるかすら分かっていませんよ!」
驚くべき話がいくつも出てくる中、グレンの心に宿った大きな感情は一つ。
「ぜんっぜん知らない話だらけだ」
「むむっ……もしかしたら意図的に隠されていたのかも? なーんて、冗談ですけど」
仮に意図的に隠していたとしても、理由が分からない。
取りあえず俺は「父上には、機会があったら聞いてみるよ」とだけ答えた。
同時に俺は昔のことを思い出して腕を組んだ。父上が前に参加したと言っていた戦争は、恐らく今の話のことなのだろうと。
「じゃ、早速占ってもらいましょう!」
で、何をどうやって占ってくれるんだろう。
「俺たちはどうすればいい?」
「この水晶玉に触れてくださいませ。ただそれだけでよいのでス」
「どんなことが占えるのか聞いてもいいかな」
「――――運命を。どのような運命が待ち受けているのかを占いまス」
「また随分と大きなことを……」
「グレン君! こういうのは気分が重要なんですっ! ほらほら、私と一緒に手をかざして」
アリスが勢いよく手を伸ばして水晶玉に触れた。すると水晶玉の中に真っ白な煙が漂い、占い師は「ほっほぅ」と呟いて口角を上げる。
「宝石のような容姿に違わぬ、
え、そんなもんなの?
占いというには余りにも内容が薄くて、俺は思わず呆気にとられた。しかしアリスと言えば満足げで、楽しそうに口角を遊ばせている。
一方の俺は、占いなんてこんなもんだろう……と息を吐く。
「つづけてあなたもどうゾ」
「じゃあ、遠慮なく」
聞いてなかったけど、占い料はいくらなのか。
別に手持ちに困っているわけじゃないけど、不意に気になった。
つまり俺にとって中身の薄い占いにすでに興味はなく、別のことを考えながら水晶玉に触れた。隣ではアリスが胸の前で両手を握り、ワクワクした様子で占い結果を待ち望んでいる。
ただ、水晶玉には一向に変化が生じない。
「あれ」
「なーんにも出ませんね……グレン君の未来が空っぽってことでしょうか」
「空っぽにしないとアリスの相手が出来ないからね」
「私のための隙間ってことですね」
「前向きもそこまでいくと気持ちがいいよ」
勝手に盛り上がっている俺たちと違い、占い師は硬直している。
まさか本当に空っぽなのか? 俺が慌ててすぐ、占い師は正気に戻って口を開き、驚いた様子で。
「これは失礼……これはでスね、貴方の未来はこの水晶玉の中身のように、少しの
こう言ったのだ。
「な……なるほど」
分からん。
俺もアリスも似たような占い結果で何とも言えなかった。
「これはこれで楽しかったですね。占い師さん、お代はいくらです?」
「お代は結構でス。
金を払わないことに気が引いたようで、アリスが俺を見た。
俺もアリスを見て、金を払わないのはどうかと思い頷いて答えたのだが。
「居ない……?」
いつの間にか、占い師の姿が消えていた。
机も、さっき触れていた水晶玉もすべてがない。まるで最初から居なかったと言わんばかりに、何の痕跡も残さないで消えてしまったのだ。
「不思議な人でしたね」
果たして不思議で済ませていいものか疑問だったが、ずっとここにいても仕方ない。
俺は屋敷への道に身体を向けた。
「帰ろう。ああいう占いもあるってことだよ」
「偶にはいいですよね、こういうのも」
「次回はもっと具体的な占いがあるといいけどね」
「えー、割と具体的だったと思いません?」
「……どこがさ」
「だって私は飼い猫ですし。グレン君の空っぽの部分に納まって当然なわけですよ」
何言ってんだこの残念令嬢は。
「あぁーっ!? 残念な子に向けるような目をしないでくださいよぉ!」
「良かった……自覚があるだけまだ更生の余地があるかもしれない」
「だったらちゃんと面倒みてくださいよ! 飼い猫じゃないですか!」
頼むから、人聞きの悪い言葉をこれ以上言わないでくれ。
ここは往来で人通りも多いし、ほら見ろ、俺を鬼畜か何かを見るような目で見る住民がいるだろ。
もうアリスの首根っこを掴んででも、急いで屋敷に帰るべきかもしれない。
――――俺が密かに一案を思いついた刹那、背後から聞こえた女性の声。
「飼い……猫……?」
少なくとも俺は寡聞にして知らない女性の声だ。
その声には秘境を流れるせせらぎのような神秘さがあって、通りがいい。けど、小鳥のさえずりを思わせる軽やかさには、声の主の容姿を期待させるだけの色香もあった。
アリスが声の主に振り返った後、俺も倣って後ろを見る。
そこに立っていたのは桜色の髪の毛の少女。
俺は彼女の顔も見たことがない。しかしアリスに劣らぬ抜群の容姿を見て、記憶の片隅にあった姿が思い出され、やがて正体に察しがついた。
同時に、逃げたくなるような面倒の予感をする。
「ミスティ!? ど、どどど……どうして貴女がここにいるんですか!?」
どうやら今日の俺は冴えてるらしい。
きっと今の呼び名は愛称だが、ミスティという呼び方から本名を察するのはたやすい。
(第三皇女か)
本来であれば、この町にいるはずがない女性である。
――――ミスティア・エル・シエスタ。
例の、アリスと仲のいいという姫君のことだ。
(さて…………)
目下の問題はアリスが口走った飼い猫宣言についてだ。
心の底から逃げたくてたまらない。だが、自然と動きそうになった俺の身体を、隣に立つ
彼女の瞳に宿っていたのは、絶対に逃がさないという強い意志であろうか。
頼むから勘弁してほしい…………と、俺は今日までの生涯で浮かべたことのない引き攣った笑みを作り出し、この面倒な状況に辟易とした感情を募らせた。
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