真夜中の戦い。

 今日はそれなりに賑やかな日だった。

 アリスの下で分かったのは、怪盗の主な動きや被害状況などなど。まずは下準備と言うか、しっかりと基本的なことを学んでから宿に戻ってきた。

 時刻は夜の八時を過ぎたところだ。



 外は肌を刺す寒さに耳も痛かったが、宿の部屋はじわっと暖かい。



「父上、ただいま帰りました」



 扉を開けると、中で待っていた父上が俺に近寄ってくる。



「大丈夫だったか? あの男に何かされてないな!?」


「……ありませんってば。心配し過ぎですよ」



 俺は困った表情で笑ってから中に入り、椅子に腰を下ろして部屋中を見回した。



「もう騎士たちは帰ったんですね」


「ああ、小一時間ほど前にな」


「それで、今日の尋問はどうでしたか?」


「中々面白い光景が見れたぞ。どうやら城の連中は私を犯人と断定したいらしいが、ラドラム殿の手の者が随分と優秀でな」


「と言いますと?」


「奴が派遣してくれたのは私兵だけでなく、奴の部下の文官も居たというわけだ」



 差し詰め弁護士と言ったところか。

 法務大臣直下の文官となれば、さぞ優秀なことだろうさ。

 俺は強く安堵した。



「グレンの方はどうだった?」


「俺の方もぼちぼちです。アリス様が接しやすくて助かりました」



 むしろ接しやすすぎてウザいぐらいだったが。



「うむ、ならば良いのだ」


「でも父上、どうしてラドラム殿と不仲なんですか? ラドラム様の父君と父上は、良いご関係だったと聞きましたが」


「……誰から聞いた?」


「当事者のラドラム様からです」



 余計なことを言いおって、と父上がこめかみを掻いて呟いた。



「別にラドラム殿が嫌いなわけではない。ただな、奴は昔から私をおちょくって来たというか、小ばかにするような態度ばかりだっただけだ。少なくとも、好き好んで距離を近づけたいような人柄じゃなかったからな」



 良く分かる。助けてくれたことは感謝してるが、人柄が一癖二癖……十癖ぐらいありそうなのは仕方ない。



「私の頭が固いのかもしれん。今は亡き、前・ローゼンタール公爵殿は実直な方だったしな」


「確かに父上と相性が良さそうですね」



 どこまでも騎士らしさに溢れた父上と実直な公爵、相性の良さは聞くだけでわかる。

 俺はテーブルに置かれていた水を飲み、道理でと話の理由に頷いていた。



「さてと」



 俺はまた少し父上と話をしてから立ち上がった。



「結構疲れてしまってるんで、湯を浴びて一足先にお休みしますね」


「分かった。……すまん。グレンにも苦労を掛ける」


「い、いえいえ! このぐらい大したことありませんから!」


「本当にすまないな。ラドラム殿には、もう一度グレンから礼を伝えておいてくれ。私が外に出られるようになったときには、直接礼を伝えに行くとも」



 その言葉に頷き返してから、俺は疲れたような足取りで足を進める。

 浴室で勢いよく服を脱ぎ去って、暖かな湯を浴び今日という日の疲れをとった。




 ◇ ◇ ◇ ◇




 父上も熟睡しだした深夜のことだ。

 大通り沿いのこの宿は目立つ。

 とは言え、急に振りだした雪のせいで視界は悪いし問題ない。



 ――身を隠すローブ、よし。

 ――俺の身元が分かる物、なし。



 準備OK。俺は自室の窓を開け、誰にも見られていないことを確認する。

 これも大丈夫、じゃあ早速――。



「……寒ッ」



 ほとんど真っ暗な夜の町に身を投げ出して、宿の壁を伝って屋根に上った。

 肌を刺す冷たさはどうしようもない。

 加えて、今日の夜に怪盗が動くかも分からない。

 何一つ確定的な要素は無く、俺が外に出たことが、すべて無駄足に終わる可能性の方が高かった。



 でも決めたことだ。俺は暗殺者として培った技術を生かし、自分の手で怪盗を見つけてやる。

 俺は再度決意すると、密集した建物の屋根を進んでいき、貴族街の方角へ向かう。さすがに屋根の上には人影はなかった。



 それにしても。



「身体強化が便利過ぎてヤバい」



 軽業には前々から自信があった。

 それでも今は人間離れした跳躍や握力、足の速さが自分でも分かる。

 ついでにこの寒さもどうにかしてほしいもんだが。



 ……魔力でどうにかならないもんか。

 例えばお湯を沸かすように、皮膚の周りだけ温めたい。なんとかそれっぽいことができないかと、指先を見て唸ってみると。



 あれ、少し暖かい?



 本当にそれっぽく出来てしまい、俺は魔力の便利さに驚いた。

 父上は俺の身体強化の熟練具合を褒めていた。もしかすると俺の身体には、基本的な素養の高さが備わっているのかもしれない。

 ないよりあったほうがいいし、悪くない気分だった。



 寒さが一気に緩和してやる気も出た。

 足取りに活力を取り戻し、屋根の上を疾風のように駆ける。

 不意に。



 ――ガラン、ガラン……!



 何か鐘を叩くような、けたたましい音が耳を刺す。

 方角は向かって右側の貴族街で、ローゼンタール公爵邸と反対側だ。

 何かある、そう察知した俺は走る速度を上げた。



『――急――――ッ! まだ近――!』


『何処――奴は――――』



 聞こえた声に俺はほくそ笑む。

 まさか早々に出会えるなんてな、と。

 更に数十秒ほど走り、俺は誰かの屋敷の上から貴族街を見下ろした。



「さすが、帝都を賑わせてるだけあるよ」



 あくまでも目測ではあるが、動員されている騎士は三桁に届かなくとも大勢居る。

 注目度の高さが一目でわかる光景だ。

 すでに怪盗は逃げ切ってしまっているのか、騎士が追う先にそれらしき姿は居ない。やってくるのが少し遅かったようで気落ちしてしまうが、こんなチャンスを見逃すこともしたくない。



 俺なら何処に逃げるだろう? 仮に俺が怪盗だとして、この貴族街のどこに逃げれば騎士を撒ける?

 例えば先日、俺が水道橋に忍び込んだのと同じ方法もあるし、よく整備された小川の下を通って行ってもいい。

 基本的には騎士の裏をかくか、人気のないところに逃げるはず。

 貴族街と平民が住む大通りは近く、建物に隠れることも容易だろうし。



 見つけるのはちょっとばかし面倒そうだったが――。



『奴は――何処――――』


『裏手に――』



 騎士たちの殺気だった声を気にすることなく、飄々とした様子で屋根に上ってきた者がいた。

 俺の十数メイル先にいるそいつは、真っ黒なマントと純白の面。細身で紳士を思わせる優雅な動きでやってきたのだ。

 怪盗と目が合う前に、俺は複製魔法で騎士の剣を作りだす。



「今日の俺は運がいいらしい」



 それにしても見事な軽業だった。

 家々の壁と壁を蹴って登ってきたであろう奴は、見惚れてしまいそうなほど流麗な動きだった。

 逃走途中の奴は、俺に気が付く様子もなく走り出したのだが、



「はじめまして、怪盗殿」



 俺の声を聞き、怪盗はぴたっと動きを止めて振り返った。

 風の音に消えて聞こえなかったらどうしよう、なんて思っていたが杞憂に終わる。



「……」



 怪盗は黙って俺を見ている。

 が、俺がまばたきをした刹那、怪盗のマントが大きく羽ばたいた。

 マントの内側に括りつけられた何本もの鉄の棒。

 怪盗は黒い手袋で覆われた指の間でそれを構え、最小限の動きで俺に放り投げた。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る