第三十三話 ヒーローごっこ

『――今回《正義の刃ジャスティス・エッジ》のリーダーに抜擢された、天空寺かけるです。皆さん改めてよろしくお願いします! 続いて、僕と共に悪に立ち向かってくれる勇敢な六人の精鋭をご紹介させていただきます――』


 あんぐりと口を開けて画面を見つめているあたしの正面で、けっ、と美孝が不機嫌そうに吐き捨てた。


「あー。俺、こいつ嫌い。何つったっけ? 本格派二枚目アクション俳優とかってキャッチフレーズだろ? 嘘っぽいよな。……つーか、イケメン全般が嫌い」

「最後のはただのひがみじゃないか。あんただって捨てたもんじゃないだろ? な、麻央?」


 何でそこであたしに振るのさ、和子おばさん。


「こういう時、どんな顔したらいいか分からない」

「笑えばいいと思うよ……つーか、いっそ笑え」


 一応、使い古しのテンプレに付き合ってくれる美孝は良い奴だ。


「ま、母ちゃんにおだてられても嬉しかないか」


 かかっ、と豪快に笑う和子おばさん。


「……で、花火大会に付き合え、ってんだね? 良いよ、行ったげる。美孝一人じゃ他所様の大事なお嬢様を、二人もエスコートするなんてのは荷が重いもんねぇ」

「ありがとう、和子おばさん、大好き!」

「一言余計……あだだだっ! 大感謝です!」


 むにーっ、と頬をつねられながら涙目で感謝する器用な美孝。

 それもこれも、あたしたち夏休みの宿題バスターズのおかげであることを忘れないでね。


「にしても……これじゃまるでピエロだねぇ」


 テレビの中の風景をめた目で眺めつつ、和子おばさんは枝豆をつまみ、ぐびり、とビールで喉を潤しながら、ぼんやりとそんな科白を口にした。


「どういう意味だよ?」

「美孝、あんたもさっき言ったろ? 確かに他のメンバーは元自衛官だったりレンジャー出身だったりって触れ込みだけれど、基本的にはイケメン採用って感じにあたしには見えたもんでね。これじゃあ、単なるアサマの新製品の宣伝目的ってだけで、実際のところ何処まであたしたちのために活躍してくれるか分かったもんじゃない、ってことさね」

「だろ? だろ!? やっぱ俺の母ちゃん最高!」


 とにかくイケメンは憎いらしい。それは分かった。


「あたしゃ、もっと中身のある男が好みだからね」

「うん。あたしも同感」


 思わずあたしが和子おばさんの意見に同意すると、今の自分の立ち位置がどっちか分からなかった美孝は悩んだ挙句あげくに弱々しく情けない声で呟いた。


「こ、こういう時、どんな顔したらいいか――」

「それ、さっきやったから」


 てか、もっと自信持っていいのにな。

 ちっとも分かってないんだから、馬鹿美孝。




 ◆◆◆




『――本日、ここ渋谷区の国立競技場外の特別会場にて、天空寺翔さんを中心として結成されたスペシャルチーム《正義の刃ジャスティス・エッジ》による対テロ専用スーツの性能テストが実施されました。早速、こちらにリーダーの天空寺さんにお越しいただいています。さて、天空寺さん、実際にテストに参加された感想……というか、その、手応えの方はいかがでしたか?』

『はい。まず、フィット感が抜群ですね! 従来のパワーアシストには、どうしても機械を背負っている印象が拭えなかったように思いますけど、今回のアサマの新製品に関してはナノテクノロジーを結集した最先端素材が惜しみなく投入されており、徹底的な軽量化と柔軟性に富んでいまして。他にも――』

『な、成程……というかですね、その、天空寺さんが日頃打ち込まれている格闘技の技術なんかも、これであれば如何なく発揮できるぞ!みたいな、そういった感触はありましたか? 行けるぞ!的な』

『は……? え、ええ。それは問題ないっつーか――』


 あたしはルュカさんと顔を見合わせて苦笑する。


「……完全にアレだな、これは」

「台本どおり。彼、アドリブは駄目みたいですね」


 鬼人武者さんは呆れて声も出ないらしい。軽く肩を竦めてスウィッチを押し、次の映像に切り替える。


『今日は《正義の刃》のお披露目を兼ね、社会奉仕活動の一環として銀座通りのゴミ拾いイベントに天空寺リーダー自ら率先して参加されています。あ、もう結構集まってますね!』

『でしょ? 僕の装着しているアサマの新製品は、こういった中腰の姿勢が続くシーンでも疲れ知らずなんですよ。駆動機構以外の肌に触れる部分には、軽量かつ耐衝撃性に優れた超高分子量ポリエチレン繊維を使用していますからこんな姿勢も楽に取れますし、何と、銃弾だって止めてしまうんです――!』

『え、ええと。本日他のメンバーはどちらに?』

『はい? ……聞いてないな。別で営業してるんじゃないですか? マネージャーに聞いてみます? おーい?』

『い――いえいえいえ! それは結構です!』


 ……はぁ。

 今度は三人の溜息が見事に揃った。


「この男が剣を交えるに値する真の正義だと、それは夢幻ではなく、真の話なのだろうか?」

「ははは。恐らく、貴方が刀を抜いた途端、卒倒してしまうのではないですかねえ」

「あ、頭が……」


 あたしはこめかみを揉みしだいて頭痛が去るのを待ったが、どうにもままならない。最大の原因であるモニターの映像を羽虫を追い払うようにして消し去った。


「実に腹立たしい。不愉快極まりない。こやつが倒すべき正義の代表を称しているとは」

「仰るとおりですね。アーク・ダイオーン様」


 ルュカさんは片眼鏡の縁に触れ、手元のスウィッチで虚空にスクリーンを映し出した。


「情報収集班が掴んだ情報では、やはり兵装も法律の範囲内のものでしかありませんでした。ゴムスタン弾や麻酔弾、発煙弾を切り替えて撃ち出せる銃や、スタンロッドのような非致死性兵器ばかりです。こうなるとむしろ脅威はスーツそのもののパワーになりますが……それも制限されているのでしょうね」

「想定の範囲内、といったところだな」


 本気で事を構える気はない、ということだろう。


「う、ううむ……。また戦の好機を逸しそうですな」

「そう我儘わがままを言ってくれるな、鬼人武者よ。こればかりは無ければ無い方が良いのだ。第一、やったところではなから勝負は見えているだろう?」

「主よりそう言っていただけるだけで有難き幸せ」




 結局のところ。




 彼ら《正義の刃》は実に厄介極まりない邪魔者であったとしても、《改革派》を含めた我ら《悪の掟ヴィラン・ルールズ》にとっては障害とも呼べない卑小な存在であることがこれで確信できた。やることなすことの全ては宣伝のためであり、実際、イベント中に発生した《改革派》によるものと思われる新たなテロ事件に対しても、少なくともリーダーの彼は無関心で無反応だった。


(素人に正義のヒーローごっこをさせる厄介な仕事、か)


 こんな茶番に付き合わされ、娘との楽しいひとときを奪われるとは、麗のパパには同情を禁じ得ない。あたしは思わず浮かべかけた苦笑を引っ込め、今やただ一つとなった懸案事項について尋ねた。


「で……《改革派》の動向についてはどうだ?」

「ようやく手掛かりが掴めたとの報告が――」






 その時。

 あたしの目の前の世界が激しく揺れ動いた。





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