第35話 勇三。
「綺麗な花ですね」
ご近所が育てている花を褒めて朗らかに挨拶する。
「寒いですけれど水くらいあげないと」
そう言って女性は笑う。佐々木勇三は家の前で迎えのバスを待っていた。この頃デイに行くのが楽しい。始めデイサービスと聞いた時は目を剥いて嫁に抗議した。オレを施設に預けるのか、と。しかし、行ってみると中々楽しいところだった。同年代の皆と食事をしたりひたすら会話したり、時には軽い運動もした。晴れの日に屋外でするゲートボールに夢中で、暇さえあればボールの描くコースをひたすら頭に思い浮かべている。
若いころはあまり社交的な性格でなかったが、こういう物も悪くないと最近受け入れられるようになった。そして、近頃自分が年を取ったように感じる。物覚えは悪いし、忘れることも多くなった。家族は皆、白い目で見ているような気がするが小学五年生になる孫の央太だけは違う。自分のことを心底心配し、大切にしてくれているように感じる。
その央太が最近元気がない。それが気がかりで家でも色々様子を探っているのだがイマイチ分からない。嫁によると学校から央太が来ていないと先日また連絡があったそうだ。学校に行ったように見せかけどこかで時間をつぶしている。
金もろくに持っていないだろうにどこで食事などしているのだろう。心配して時々小遣いなどやるが、貰ってもあまり嬉しくなさそうだ。勇三はデイの無い日に、登校していく央太の後をこっそりつけることにした。
まず初めに央太が向かったのはコンビニだった。知恵をつけているらしくランドセルを店の前に置いて入っていく。そこでおにぎりなど数点購入した。しっかり食べているということに安堵してそれでもう後をつけるのを止めようと思ったが、やっぱり先が気になった。それをどこで食うのだろう。さらにつけると央太は河川敷へと向かった。勇三は嫌な予感がした。危惧した通りあの老婆がいた。
老婆とは数カ月前に話したことがある。愛想のない、いけ好かない人物だった。どこか上品ぶってお高くとまっている。勇三は彼女のことが嫌いだった。その老婆と央太が仲良くしているのは非常に面白くない事実。話の内容を知りたかったがこの距離では届かない。じっと見つめて様子をうかがった。
二人並び昼食の時間まで何やら親密に話し込んでいた。そのあと二人でコンビニの袋のおにぎりを分けた。勇三はそれに腹が立った。自分のやった小遣いで老女に飯をやっていたことが許せなかった。
しばらく様子を見守りその後、怒りのそのままに帰宅して央太を叱る心の準備を始めた。何と叱ろう。ゴミ屋敷の住人と仲良くしてはいけない、お前の小遣いはそのための物じゃない、学校にちゃんと行け。そう思い描いたところで踏みとどまる。
央太は学校には行きたくないのだ。それだけは言わないでおこう。ともかく、老婆とは会うな、それだけを伝えたかった。学校に行っていると帰宅するはずの時間に央太が帰ってきた。
「央太、来なさい」
早速、部屋に呼びつけると床に座らせた。
「お前は今日どこに行ってたんだ」
「学校に……」
「おじいちゃんにはウソをつかなくていい。正直に答えなさい」
「……河川敷に行った」
「何をしてたんだ」
「猫にエサをあげてた」
「誰かと話してなかったかい」
「おばあさんと一緒だった」
「いいかい、央太」
勇三は央太の肩に手を乗せた。
「あの、おばあさんはね、本当に無愛想で情の無い人なんだ。おまけにゴミ屋敷を作ってる困った人なんだ」
「知ってる。でもいい人だよ」
「おじいちゃんはあの人と仲良くするのは反対だ」
黙り込んだ央太を見て話しを受け入れてくれたと感じた。
「いい子だ。あのおばあさんと付き合うのは止めなさい」
「いいじゃんか別に」
ぼそりと央太が反撃した。勇三はそれを聞き逃さなかった。
「そんな困ったこといってるとお小遣いあげないよ!」
「別に欲しくない!」
央太はそう叫ぶと部屋を出て行ってしまった。
勇三は愕然とした、上手く話すことが出来なかった。ふらふらと倒れるように横になりどうしようと考えた。央太がいう事を聞かないからあの老婆にいうしかない。金輪際話すものかと決めていたが央太のためを思うと仕方がなかった。
翌日、央太が河川敷から帰ったのを見計らって勇三は老婆に声をかけた。
「それはあなたがお決めになることではないでしょう」
老婆は開口一番にそう言った。
「私の孫だ。心配して何が悪い」
「ワタシのことを何だと思ってるのですか? お孫さんを惑わせる魔女のように思っておいでではありません? 心外です」
「央太はあんたのような不潔な人とは付き合わせたくないんだ」
「央太くんはご自分の意思で会いに来てくれているのですよ」
老婆が少し悲しそうな顔をした。
「とにかく、孫はあんたとは今後会わせません。来たら追い返してください」
そう怒鳴ると歩いて荒々しくその場を立ち去った。帰り道、猫が鳴いていた。餌付けしていた老婆のことを思い出し、忌々しくて力いっぱい蹴った。吹き飛ばされた猫は苦しそうにうめき声を上げた後泣かなくなった。
勇三は帰って央太をどうやって説得しようか考えていた。こういうことは難しくて困る。鈍くなった頭を精一杯働かせ考えるが正解が浮かばない。仕方がないので息子夫婦に相談した。
夕食の席で息子はきちんと央太に言い聞かせてくれた。ゴミ屋敷の住人とは仲良くしてはいけない。猫を餌付けするのは悪いことなのだと。央太は素直に返事をして分かった行かないと呟いた。
勇三はその言葉を聞いて心底満足した。
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