第十六話 神官見習い

「はじめまして召し人様! ぼくはゆり様のお世話を申しつかった、神官見習いのテオドール・リンツと申します。どうぞよろしくお願いします!」


「デュフフ」

「えっ?」

「えっ?」



 ゆりは自分の口から漏れた謎の笑いに戦慄した。



 神殿に与えられた自身の部屋で、この世界にきてから初めてのベッドの寝心地を存分に堪能した翌朝。

 カーテンを開ける音とともに部屋一帯に優しい朝日が差し込み、ゆさゆさ、とゆりを優しく揺すって起こす声がした。

 うん……と薄目を開けると、目の前には見知らぬ小学生くらいの少年が立っている。


ふわふわの亜麻色の髪。大きくつぶらな若草色の瞳。人懐っこそうな笑顔を浮かべた少年の頭には、ぴょこんと長い兎の耳が生えている。天使かと見紛うほどの紅顔の美少年だった。



 ――なんなの?! なんなのこの生き物は?!



 ゆりは、自分の腹の底から込み上げる熱い砂のような感情に戸惑いを隠せない。

 そんなオロオロとした様子のゆりを訝しむこともなく、少年はサイドテーブルに水差しを置くと「テオって呼んでくださいね」と、小首を傾げてニッコリ微笑んだ。



 ゆりは、生まれて初めて味わう「萌え」という感情に、心の中で絶叫しながらゴロゴロとベッドで転がり悶えた。




 礼儀正しく親切なテオドールと、子供の扱いの上手いゆりはすぐに打ち解けた。下位貴族の家の出で将来は神学者になりたいというテオドールは、その可愛らしい容姿に不釣り合いなほどの聡明博学さで、この世界のこと、女神教のことなどをたくさんゆりに教えてくれた。


 そうして数日、ゆりはテオドールに神殿内部を案内されたりしながら穏やかで興味深い日々を過ごした。まだ異様に広い内部の建物の三分の一ほどしか詳細は把握できていないが、すれ違う他の神官達に必ず挨拶をするよう心掛けているうちに、徐々に顔見知りも増えていった。



「ねえテオくん、何か私にできる仕事はないかな?」

「神殿の外で働きたいんですか? 特に必要ないと思いますけど……」

「ううん、そうじゃなくて。いずれは何か自活する方法を考えなきゃな、とは思ってるんだけど、とりあえず今お世話になっている教会で、何か役に立ちたいんだけどな」

「召し人様にそんなことはさせられません! ゆりさんはここにいて下さるだけで、女神様の御力の尊さを皆に示して下さっています」

「でも、何もせずにいるのは性に合わないというか……」



 結局、何もしなくていいというテオドールを説き伏せ、できる範囲で自主的に神殿内部の掃除をさせてもらう、ということで落ち着いた。

 簡素ながら部屋に食事まで与えられている対価としては、掃除程度ではまったく足りないとゆり思ったが、この世界に慣れるまでしばらくの間は厚意に甘えることにした。要は気持ちの問題なのだ。




 そうして更に数日が経ち、ゆりがこの神殿に身を置いてから一週間。

 勇者ナオトは、一度も神殿に戻って来ていない。

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