第9話 少女漫画の主人公みたいな
「家電量販店? それなら、
放課後に目覚まし時計を買いに行く予定なのに、肝心の店の場所が分からない。そう言ったら、結城がお勧めの店を教えてくれた。人は見かけによらないっていうか、実は結城は結構なゲーマーらしくて、電気街にはかなり詳しいようだった。
ゲームか。
以前の俺ってゲームってしてたのかな? してないってことはないよね、きっと。でも、部屋にあったゲームは、どれも見覚えのないタイトルだった。だから、それが本当にやっていたゲームかどうか分からない。
……日記帳には食べ歩きの話ばかりだったし、以前の俺がそれ以外に何が好きだったとか、何故かその辺りはツギハギにしか思い出せない。
今の俺はどうなんだろう?
そう思うと、なんだか急にゲームをやってみたくなってきた。
「俺、ゲームにはあまり詳しくないんだけど、今お勧めのゲームってある?」
「ジャンルは?」
「MMORPG……かな?」
「んーっと。だったら、もうすぐ新作が出るよ。ライトユーザー向けRPGっていう触れ込みのが。今ならまだ事前登録に間に合うから特典を貰えるし、それにしたら?」
「なんてゲーム?」
「
「戦国もの? 戦国ものはやったことないけど、大丈夫かな?」
「大丈夫だと思うよ。これね、戦国鬼武者烈風伝
「ふーん。なら難しくはない?」
「うん。烈風伝とユーザーが被らないように、難しいシミュレーションは一切なし。割とオーソドックスなRPGになっていて、初心者でもついていけるっていうのが売りらしいから」
ライトユーザー向けRPG。それなら俺にもできるかも。やってみようか?
「なんかよさそうだな。ありがとう。事前登録してみるよ」
「なんなら一緒にやんない?」
「いいのか? 俺、さっきも言ったけど、ゲームにはあまり詳しくないぞ」
「いいの、いいの。そういうの大丈夫なゲームだから。それに、パーティ組むのに男同士の方が気が楽じゃん。他の3人も誘ってるし、慣れてないとかは気にしなくていいよ」
「みんなもやるのか。それなら、是非とも俺も参加したいな」
「うん大歓迎。気軽にやろうぜ」
結城、取っ付きにくい人かと思ってたら、実は凄くいいやつだった。
◇
下校途中に寄り道をして、電気街で目覚まし時計を購入した。
店を教えておいてもらってよかったよ。電気街っていうだけあって、たくさんの店がある。◯◯電気店とか、◯◯カメラっていう大きなビルがあちこちに。
いきなりきても、どこに入ればいいか分からないね、これは。
電気街には、以前の俺も通っていたような気がする。でも夏葉薔薇駅にあったそれは、俺のイメージする電気街とは、かなり雰囲気が違っていた。なんていうの? お洒落でファンシー?
歩いている人も女性ばかりだ。
……さっきから、チラチラどころかジロジロの、ときにはジーッと凝視する人もいて、なんだか居心地がよくない。
やっぱり女性が多い影響が、こんなところにも出ているのか。
勧められた店は、家電系に強い店ってことだったけど、時計コーナーにも商品がかなり豊富に揃っていた。そこで店員さんに勧められた強力そうなやつを購入。これなら起きられそう。
それから、電気街を後にして、また電車に乗って別の駅に行く。
……裏参道駅。ここだ。
次の目的は美容院。
今の髪型は、前も後ろもややロン毛気味。頭を振るとファサファサして、襟足の辺りがなんかウザい気がした。前髪は多少長くてもいいけど、襟足はスッキリしたいんだよ、俺的には。季節的にも、もう夏だしね。
そう言ったら、結衣が美容院を予約してくれた。
そこはかなりの人気店らしくて、本来、昨日の今日で予約が入る店じゃないらしいんだけど、そこはあれだ。「男性優遇措置」っていうのがやっぱりあるんだって。
美容院に限らず、身体に直に触れるような店には、必ずこういった「男性優遇措置」を行ってる店がある。じゃないと、逆セクハラっていうの? 女性が男性にセクハラするやつ。それが結構少なくないらしい。
「男性優遇措置店」っていうのは、もちろん勝手に名乗ることはできない。
ちゃんと役所に申請して審査を受け、基準をクリアして許可をもらわないと標榜できないそうだ。違反すると罰金や行政処置もあるらしいから、こういった店ではまず問題は起こらない。
『
全面ガラス張りで、白と黒を基調にしたスタイリッシュで洒落た美容院だった。入るのにかなり気後れするけど、予約してあるんだから大丈夫だよね?
そっとドアを開けたにもかかわらず〈カランカラン〉と勢いよくドアベルが鳴った。
「いらっしゃいませ」
「予約している武田です」
「武田様。お待ちしておりました。ただいま担当が参りますので、こちらの席でお待ち下さい」
入店カードを書きながらしばらく待っていると、男性? だよね? 若干性別不詳の美容師が1人近づいてきた。
「お待たせしました。当店は初めてですよね。今日、お客様を担当させて頂く藤堂と申します」
「よろしくお願いします」
「早速ですが、お客様のご希望をお伺いしたいと思います。今日は、どうされますか?」
「襟足が暑苦しいので、短くしたいです。前髪は整える感じで」
「それですと、こんな感じかしら?」
目の前に置かれたタブレット上に、ヘアーモデルを撮影した写真が何枚か提示される。えーっと、一番近いイメージはこれかな?
「この6番の髪型みたいな感じで」
「6番ですね。これなら、カットだけで大丈夫だと思います。カラーリングはどうされますか?」
「カラーはなしで」
「はい。では、シャンプー台にご案内します」
オネエとまではいかないけど、微妙に雰囲気や言葉使いが女性っぽい。でも、もしかして美容師ってこんな感じが普通なのかも。前世は……たぶん、理髪店派だったんだろう。美容院の全てが珍しく感じて、妙に落ち着かない。
仰向けにシャンプー台に横になって、髪を洗って貰う。人に頭を洗って貰うのって、こんなに気持ちいいんだ。ついウトウトしちゃった。
「洗い残しはございませんか?」
「はい」
顔にガーゼがかかっているのが、なんか変な感じ。なんのためにあるんだろう、これ?
シャンプーが終わり、促されてカット用の座席に移動した。ポンチョみたいなケープを被せられる。座席の前は天井まである大きな鏡になっていて、俺が映っていた。
そして改めて鏡を見ると、なんか……マジかっこいくない、コイツ?
いや本当。なんていうか、少女漫画の主人公みたい。
まるで他人事みたいな感想だけど、何回見ても、これが自分の顔だって気がしない。誰が決めたのか分からないけど、弄りすぎじゃないかな?
「ではお客様、カットを始めさせて頂きますね」
チョキチョキチョキチョキ。
パサパサとカットされた髪が床に落ちる。
「お客様は頭の形が綺麗ですね。それに左右対称。カットで修正する部分が少ないです。髪質は若干癖があるので、短くすると少しうねりが出ると思いますけど」
「そうなんですか?」
「ええ。落ち着いた感じがよろしければ、前髪は少し重くしておいた方がいいかもしれないですね」
「じゃあ、それでお願いします」
そうして出来上がった髪型は、さすが有名美容院。元々明るめの髪が、顔の輪郭に沿って緩めにカーブして、襟足はスッキリ、トップはややフワッと、邪魔にならない程度の長めな前髪が、とても自然な仕上がりです。
「今日は初ご来店サービスに加えまして、ご予約特典クーポンと学生割引のご利用で、合わせて2800円になります」
高いのか安いのかよく分からないけど、たぶん安いんだろう。今回はいろいろ割引が効いたみたいだから、次回からは高くなるんだろうな。月1回来るとして、結構な出費だ。バイトとか、やっぱりした方がいいのかな?
家に帰ると、既に夕飯の支度ができていた。ユルっとした上下に着替えて、早速いただきます。
「お兄ちゃん、その髪型正解。すごく似合う」
「そう? 美容院の予約を入れてくれてありがとう。とても感じのいい店だった」
「でしょ。値段は高いけど、美容師にハズレがないんだよね、あの店。担当、どんな人だった?」
「ちょっと女性っぽい言葉使いの男性美容師」
「えっ! 本当? それって、もしかしてトップスタイリストの人かもよ?」
トップスタイリスト? それなに? 美容師に種類があるの?
「それって凄いの?」
「たぶん。予約3カ月待ちくらい?」
「いくら何でも違うんじゃない?」
「そうかなあ? あの店に他に男性美容師っていたかな? 名刺とか貰ってない?」
「名刺? そういえばもらったような。後で見てみるわ」
「うん。それで、目覚まし時計は買えたの?」
「買えた。『スーパーバズーカ爆音超覚醒』っていうキャッチがついてるのがあったから、それにしてみた」
「なんか、メチャクチャうるさそうだね」
「たぶんそう。うるさかったらゴメン」
「それで起きれるならいいんじゃない? じゃあもう明日から、朝は1人で起きれそう?」
「自信ないけど頑張る。もし起きれなかったら、悪いけどよろしく」
「分かった」
*
今日はいろいろあったな。
そうだ! 寝る前に事前登録をしておかなくては。うっかり忘れちゃいそうだもの。
『
あった。これだこれ。メルアドを入れればいいわけね。よし、登録完了。
ふぁー眠い。目覚ましは……セットOK。おやすみ。
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