第50話 尋問

「なーんだ。学園祭の出し物か。そういうことだったのね」

 京香はとても楽しそうに笑っている。

「私も圭ちゃんのメイド姿見て見たかったな」

「見ても面白いことなんてないよ」

「そう? 実は結構イケてたりするんでしょ」


 京香はクイっとフルートグラスを空けると店員を呼び止めてお代わりを頼む。

「もう、その辺にしておいたら?」

「そんなことはどうでもいいから、もっと圭ちゃんの話が聞きたいわあ」

「もっとって何を?」


「で、その出し物に使うとかいう結局下着はどこで手に入れたの?」

「えーと。友達から貰った」

「え? 何それ? そういう趣味の友達がいるの? ひょっとして圭ちゃんが突っ込む方だったりするわけ?」


 突っ込むって何をだよ。と突っ込みたいが、聞いたが最後、公共の場でその名を口にしかねない。声は潜めるにしても誰かに聞かれたらひんしゅくをかってしまう。

「そんなんじゃねえよ。つーか、ここはレストランなんだから、もうちょっと話題に気を付けようよ」


「別にいいじゃない。端の席なんだし、聞こえやしないわよ。それに周囲だって若いカップルがそういう話をしていたって、変には思わないわ」

「誰がカップルだって?」

「そういう風に見えるって話。美人が若い燕を誑かしてるってね」


 圭太はペースを握られっぱなしだった。あの母親にしてこの妹あり。敵うはずがない。

「それで、それで、圭ちゃんに下着を渡したのはどんな娘なの?」

 げほっ。


 ナプキンで口の周りをぬぐいながら圭太は京香を見る。母親の笑顔がダブって見えた。

「なんで女性って分かるんだよ?」

「あら? やっぱり女装男子の友達がいるんだ?」

「ちげーよ」


「ほら。女の子じゃない。ふーん。圭ちゃんに下着のプレゼントをするような女の子がいるんだ。もう、しっかりカノジョがいるんじゃない。別に私に隠さなくったって」

 隠さないとすぐにお袋にチクるだろ。


「カノジョじゃない」

「じゃあ、セフレ?」

「なんでそうなる?」

「まあいいわ。どんな感じの子?」


「言わねーよ。食べ終わったしもう出よう」

「圭ちゃんが奢ってくれるの?」

 圭太が髪の毛をかきむしる。なんで、高校生の俺が奢らなけりゃならないんだ。

「冗談よ。それじゃ、行きましょ。歩きながらでも話はできるしね」


 通りをブラブラしながら京香は圭太にしなだれかかる。

「それでえ、圭ちゃんのカノジョさんだか、セフレだかはどんな娘なの? 教えなさいよ。別に減るもんじゃないでしょ」

「京香お、ねえちゃん酒飲みすぎだよ」

 危うくおばさんと言いそうになったのを何とか圭太は誤魔化す。


「たったの5杯だもん。ぜんぜん飲んでないし。話を逸らそうとするな。よーし。圭ちゃんがそのつもりなら、私が学校に乗り込んじゃうから」

「え?」

「直接乗り込んで、圭ちゃんの相手探しちゃうからいいもんね」


「部外者立入禁止だ」

 そう言いながらも圭太は不安を禁じ得ない。なぜなら京香は姉と同じでそういうところには無駄な行動力がある。

「遥ねえの振りするから平気だよ。よく似ているから分かるはずがないし、ちょっとボタン外しておけば顔なんてあまり見ないから」


 圭太は震えあがった。京香が乗り込んで来たら無茶苦茶になる。

「だから、そういうんじゃないって。ただの友達だよ。一緒に遊びに行ったりとかしてるけど、単なる友達。俺がメイドやって恥かかないように協力してくれただけだから」


「怪しいなあ。普通は下着の貸し借りなんかしないわよ。姉妹なら分からなくはないけど。圭ちゃんは友達にパンツ貸したりしないでしょ?」

「そりゃしないけど。ていうか、京香姉ちゃんは貸し借りしたりしてことあるの?」

「また、話をそらす。まあ、いいわ。もちろんあるわよ。サイズも一緒だし」

「そうなんだ」


「遥ねえも私もGよ」

「そこまで聞いてねえし」

「ふーん。興味津々って感じだけど。それよりもさっきの話の続きね。ああ。そういうことか。向こうが一方的に圭ちゃんのことが好きなんだ。なるほどね」


 話せば話すほど、どんどん追い詰められていく圭太である。

「じゃあ、その娘も大きいの? 私たちぐらいに」

「う」

「違うのかあ。意外ねえ。圭ちゃんは絶対おっぱい星人だと思ったのに。ああ、それで受け入れられないんだ」


 ほうほう。京香は心の底から楽しんでいるように見える。そりゃそうだ。こんなに弄って反応がいいなんてもう同世代では体験できない。若いっていいわねえ。うふふのふ。誰かさんとそっくりである。血のつながりはげにも恐ろしいのであった。


「でも、下着を拒絶するわけでもなく受け取っちゃったりするわけだから、結構可愛い子なんでしょ。そうか。そうか。良かったねえ圭ちゃん」

 顔を赤くしたり青くしたり圭太は最早虫の息だった。

「ねえ。写真持ってないの? 私に見せてよ。どんな子か知りたいわ」


 京香が根掘り葉掘り聞きだそうとしている相手は二人のすぐ近くに居た。山吹の運転する車の中から圭太の様子を見てやきもきしている。そして、なぜか先ほどからくしゃみが止まらなかった。

「お嬢様、この時期に風邪ですか? やだなあ。感染させないでくださいよ」


「誰かが私の噂をしているのかもしれません。それよりも、さっさと戻ってあの二人を見失わないようにして」

「はいはい。大丈夫ですよ。圭太さまのスマートフォンの位置情報はちゃんと拾ってますから、地上に居る限りは逃しません」


「ならいいですけど。それにしてもあの女は何なんでしょう。さきほどから圭太にべったりくっ付いてしまって。それに圭太ったら、さっきから顔を赤くしたりして」

「なんか随分と親しげですよねえ。ちょっと年上みたいですけど」

「ああ。もうっ。一体なんなのよ」


「あ。ランジェリーショップに入って行きます。圭太さまも大胆ですね。あんなエロいのをディスプレーしている店に入っていくなんて、なかなかできるもんじゃありませんよ。この間、ナンパしてきた男も最後はしり込みしちゃって入ってこれなかったですから。結構そういうのに慣れてそうだったのに」


 山吹は店の前に車を止めるが、夏のギラギラとした日差しがガラスに反射して中の様子を伺い知ることはできない。うーと唸り声をあげる宇嘉だったが、また一つくしゃみが出る。

「もう、なんなのよ」


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