第23話 冴子の企み

 圭太はノコノコと体育館の裏まで冴子の後について行った。そこには圭太の頭の中で先日の一件についての大きな誤解がある。やっぱり、俺のことが気になっているのかな? それにしては少々雰囲気が違うような気がするのだが……。


「それで、何の用?」

 圭太は期待が声に出ないように注意しながら質問した。それには答えず、冴子は手を伸ばして圭太の右手首をつかむと引き寄せて、圭太の右手を自分の左胸に押し当てる。


 ゴツ。想像していたよりもずっと固い感触が圭太の手のひらに伝わる。え? 冴子の行動にも、期待した手触りがないことにも驚いて圭太は思考が停止したようになった。冴子は圭太の肩越しにその後方へ視線を向けると一瞬だけ目を光らせる。そして、勢いよく両手で圭太を押しやった。

「いきなり何をするんだ」


 もう少しで後ろに倒れそうになった圭太が態勢をたてなおすところへ宇嘉の声が聞こえてくる。

「ねえ。こんなところで何をしているの?」

 宇嘉の両目が訝しそうに細められる。


「先日の言葉だけでは詫びが足りないと思ったので、改めてこの場でと思ったのだが、本当に申し訳ないと思ってるなら触らせろと……」

「え?」

 とんでもないことを言いだす冴子に圭太は何も言い返せない。


「ふううぅーん」

 宇嘉の声のトーンが低くなった。その声を聞いた冴子は何も言わずに走り去る。あとには宇嘉と圭太だけが取り残された。圭太はしどろもどろで言い訳をしようとする。


「いや、違うよ。俺が触ったんじゃなくて、むしろ、触らさせられたというか……」

「へえ、私のは触ろうとしないのに、市川さんは別なんだ。まあ、圭太はそういう趣味だもんね。だけど、嫌がることをするのはどうかと思うよ」

「だから、違うんだって」

「そうよねえ。私と市川さんじゃ全然違うわよね。そりゃあ、比べたら私のものなんて顕微鏡で見なきゃ見つからないぐらいの大きさでしょうから」


 宇嘉は深く傷ついていた。基本的に圭太はそういうことに耐性が無いので自分とのスキンシップを避けているのだと自分を納得させていたのだ。ところがどうだろう。白昼堂々、相手の弱みに付け込んで、触ろうとするとはつまり、相手によってはそういう事をするつもりはあるということなのだ。そして、宇嘉については対象外だということになる。


 いくら圭太が巨乳好きだと言っても所詮は童貞の妄想。誰かに手を出す度胸はないだろうと高をくくっていたが、そうではないということになれば話は別だ。

「そんなに触りたいなら私のを触ればいいじゃない」

「いや、でも」

「いくら小さいとは言っても手の平に収まるぐらいはあるわ」

 そう言って胸を突き出す宇嘉に対して、圭太は相変わらずへどもどしている。


「だから、本当に俺が触ったんじゃないんだよ」

 そうだよ。だいたいあの触った感触は全然柔らかくなかった。圭太は右手を見つめながら考える。あれだけゆさゆさ普段は揺れているのにまるで木のように硬かった……。ん? あれはやっぱり何か硬いもので覆っていたんじゃないか?


 右手を見つめて物思いにふける圭太を見て宇嘉の顔にサッと血が上る。目の前に差し出された本物よりも記憶の中の感触の方がいいというの? 悔しさに目尻に熱い物が溢れてくるのを感じて宇嘉は踵を返すと顔を伏せて走り出した。


 ***


「お嬢様落ち着いてください」

 石見が顔面蒼白となった宇嘉を玄関に出迎えて言った。もちろん、その場に山吹は居ない。毎度のことであるが宇嘉が落ち着く前に姿を見せるのは危険だった。宇嘉は黙って石見を睨みつける。石見は震えあがった。


「お嬢様がそのように思い詰められるのも無理はありません。ただ、これは敵の計略なのです。踊らされてはなりません」

「敵の計略?」

「そうです。あの市川という女の罠なのです」


 市川という名が出ると宇嘉の奥歯がギリっと鳴る。

「圭太様が触ったとお嬢様がお考えになったのも無理はありません。ただの知人に自ら胸を触らせるなど余程の痴女でなければ考えられませんから。でも、まずは落ち着いて、お嬢様が現れる前の状況をご覧くださいませ」


 石見は宇嘉を抱きかかえるようにしてAVルームへと連れて行く。石見が再生ボタンを押すと体育館裏の映像が映し出される。学校の監視カメラをハッキングして入手している映像だった。早送りにするとカクカクとした動きで市川と圭太がやってきた。


 そこで石見が通常再生にする。すると市川が圭太の右手を取り、自らの胸に押し当てる姿が映し出された。一時停止ボタンを押す。角度が悪いのと解像度が低いのではっきりしないのだが、少なくとも圭太が手を伸ばしたのではないことは明らかだった。


「映像のみで音声はありませんが、間違いなく圭太様は嵌められたのです」

 しばらく画面を凝視していた宇嘉だったが、やがて落ち着きを取り戻し、いつもの表情に戻った。それを確認して石見はほっと胸をなでおろす。


「そもそも、お嬢様があんな人気の無い体育館裏に行ったのは何故ですか?」

「圭太を探していたら大島さんという方がそっちの方に行くのを見かけたと教えてくれて」

「その大島さんというのは2年生の方ですね。市川さんと同じクラスの」


「あっ」

 宇嘉が声をあげる。

「そうです。これはお嬢様と圭太様の仲を裂こうとする陰謀なのです」

 宇嘉の顔に再び血の気が上る。


「あの泥棒猫め。まだ圭太のことを狙っているのですね」

「いいえ。それは違います。お嬢様」

「え? 違うの? それじゃあ、単に私たちの関係に羨望を感じての嫌がらせなのでしょうか?」


「それも違います」

「ねえ。石見。まわりくどい言い方はやめて欲しいんだけど」

「お嬢様はお分かりだと思っていましたがそうでは無かったんですね」

「だから、何がよ」


 石見はうっすらと笑った。あまり宇嘉を焦らすと怒り出すかもしれないが少しぐらいならいいだろう。

「お嬢様と対戦するので、あの方のことを調べたことがございましたね」

「ええ。そうだったわね。お陰で勝てたわ。その事には感謝してるわよ」


「で、その時には直接関係ないのでお伝えはしませんでしたが……」

 石見はわざとらしいぐらいに神妙な表情を作った。

「あの方の好みは色白で清楚なタイプだそうです。要はお嬢様はドンピシャということでございますね」

「え?」

「はい。正真正銘、ガチのレズビアンなのです」

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