第76話 リア充(?)な朝
朝、マンションから通りに出ると、タマが自宅から出てくる姿が目に入った。
タマはチラリとこちらに目を向けたが、何も言わずに歩き出す。
一緒に登校はしないと取り決めてから、顔を合わすことは無かったが、今日はたまたまだろうか?
それにしても、挨拶くらいはしてもいいのでは?
もっとも、俺としても、手を繋いで帰宅という先日のイベントを思い返すと、何となく照れ臭くはあるのだが。
十メートルくらいの間隔を開けて、タマの後ろを歩く。
ペースはやや遅め。
タマは時おり振り返って、お預けを食らった犬みたいな視線を寄越す。
首にはチョーカー。
校則違反では無いのだろうか?
リードがないだけで、二人の間の距離は付かず離れずのまま進む。
学校が見えてきた。
校門をくぐる手前で、タマはもう一度振り返って唇を動かした。
きっと、「バーカ」と言ったのだろう。
少しだけ笑みを浮かべて、校舎に入っていく。
くそ、なんか知らんが負けた気がする。
「孝介センパイじゃないっすか」
俺が校門前を通過するところで、いろは後輩が登場。
朝からケバいが、朝風呂に入ってきているのか風呂上がりのような匂いが漂ってくる。
「今から美矢と逢い引きっすか?」
「逢い引き言うな」
「まあそれ以前に、今、多摩さんとアイコンタクトしてましたよね?」
肘で小突かれる。
リンスだかコンディショナーだか知らないが、ふわっと甘い香りが立ち上る。
朝からケバいが、清潔感のある子である。
「しかも口の動きでメッセージ伝えてましたよね? あの動きは……」
ニヤリとする。
「今朝は
「逞しいのはお前の想像力だ」
「でもでも、二人にチョーカーをプレゼントしたのって、センパイっすよね?」
「それがどうした」
「いやぁ、センパイも隅に──」
口を開けたまま固まる。
「どうした?」
朝からケバい顔が強張っていた。
いや、朝とかケバいは関係無いか。
「こ、孝介サン、あたし、日直なので失礼しますです」
「?」
そそくさと逃げるような、その後ろ姿を見送る。
ふと視線を感じて顔を上げると、校舎の二階からタマが見下ろしていた。
にっこり。
なんか、わざとらしい笑顔だ。
いや、それ以前に、にっこりする前の顔が能面のようだったような?
……無言の圧力が、いろはちゃんを怯えさせたのだろうか。
まだ時間が早いから他の生徒は少ないが、目立つようなことはせず、軽く睨んでおくだけにする。
あ、中指立てられた……。
今朝はサバっちとミケが、みゃーの両脇に座っている。
二匹は首輪を着けていない野良猫だ。
飛びっきり可愛らしい飼い猫が紛れ込んだみたいに、みゃーの赤いチョーカーが目立つ。
「おはよう」
朝からこんな素敵な笑顔が出来るヤツは、そうはいない。
「……タマちゃんの匂いがする」
バカな!? 十メートルほどは離れて歩いていたのに!?
「……あと、これは……いろはちゃんの匂い?」
……俺は、恐怖を覚えた。
果たして人間技なのか?
猫に見えて、コイツは犬の嗅覚を持っているのではないか?
「いろはちゃんからメッセージを貰ったからなんだけどね」
胸を撫で下ろす。
常人離れした特殊能力の持ち主では無かったようだ。
「犯人は多摩さん、というダイイングメッセージが」
「勝手にいろはちゃんを殺すな!」
「でも、この一言だけで、大体の状況が読み取れるよね」
……嗅覚はともかく、洞察力は大したものだ。
「これって、いろはちゃんがタマちゃんに殺されるかも知れないくらいのことを、こーすけ君としちゃったってことだよね?」
洞察力ではなく妄想力だった。
「でも、どうして私に言ってきたのかな? そんなことしたら、私に殺されるかも知れないのに……」
今、さらりと恐ろしいことをおっしゃりました。
「また乙女会議に呼ばなきゃ……」
「なんだそれは?」
「ん? こーすけ君を幸せにするための会議?」
嘘だ、絶対に違うと断言する。
いや、口には出せないから断言では無いが。
「それで、今度の日曜のことなんだけど」
「何かあったっけ?」
「第二十六回乙女会議で、それぞれの誕生日に一番近い休日が、それぞれの記念日に決まったのでしたー」
「……ということは?」
「今度の日曜が、みゃーの日であります」
「そうか。でも、プレゼントはもう渡しちゃったし」
「いいのいいの。ちょっとしたパーティーやるだけだし」
「パーティー? どこで?」
「家で」
「誰の?」
「私の」
「……何人で?」
「三人で」
……俺とみゃーと、タマ?
でも、タマの日は二人っきりだったのに、みゃーの日は三人でいいのか?
「えっと、タマも?」
「タマじゃなくてママ」
ママって何だっけ?
母なる大地、母なる海、母なる地球……なんだ、大自然のことか。
俺の思考は逃避していた。
「こーすけ君?」
「あ、いや、えっと、確認だけど、今度の日曜に、みゃーの家で、俺とみゃーと、みゃーのお母さん?」
「うん!」
ニッコニコだ。
母なる自然、自然の恵み、自然への
今朝は三人の女の子と会って幸せだった。
……幸せだったよな?
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