第32話 沙織ちゃん、頑張ります! 上 【改訂版】
結局俺は四日に下宿へ帰った。
翌日沙織ちゃんを初詣に誘うと、二つ返事で承知してくれた。どうもお父さんが日夜張り付いていたストレスは、いい子の沙織ちゃんでも耐えがたいものだったらしい。あの親父さんだしな。気持ちは判る。
「……親バカが酷くなければ、ダンディで頼もしい人なんだろうけどなあ……」
「どうしました?」
「いや、こっちの話」
わざわざ電車で有名どころまで行くこともないだろうと、近所の神社へ初詣に行った。本当は沙織ちゃん、正月に初詣出来たら俺に着物姿を見せるつもりだったらしい。
「あうー、晴れ着で着飾った姿を見せたかったのに……」
沙織ちゃんが涙ながらに呻いているけど、その気持ちだけでも俺には十分だよ。
……うん。嘘です。
絶対現物を見たかったに決まっているだろう! 沙織ちゃんの着物姿だぞ!?
沙織ちゃんも悔しがっているけど、俺だって血の涙が出そうだよ。
スマホで写真は見せてもらったけど、チャンスを逃した悔しさしか湧いてこない。何が悔しいって、隣に写っているお父さんの全部事情が判っていると言いたげな満面の笑みがムカつく。
そのお父さんは昨日の夕方に……本当のぎりぎりまで粘って赴任先へ帰ったそうだ。今日は当然いないので邪魔が入るわけじゃないんだけど、今度は管理人さんが「グチャグチャにされてたまるか! 高かったんだ!」とか訳の分からないことを叫んで着付けしてくれなかったらしい。
実際問題、三が日も過ぎて正月気分も消えた街を着物で歩くのも変だしね。沙織ちゃんの見せたかったという言葉だけで……嘘だけど……俺には十分だった。
……と言ったら管理人さんに「草食系か!?」と突っ込まれた。あの人は着せたいのか着せたくないのか、どっちなんだよ。
拝殿の前で並んで二礼二拍一礼。お賽銭を入れて、鈴を鳴らして、頭を下げて願い事を考えながら一心に拝む。順番が正しいかよく覚えていないけど、神様には心意気を汲んでいただければと思う。
願うは当然、
(沙織ちゃんへの告白がうまく行きますように!)
これ、ただ一つ!
まあ聞いてください神様。
次のチャンスはバレンタインデー。近年の定義だと男から女へ告白してもいいらしい。いきなり告白するのがメインの日だから、クリスマスみたいにデートイベントが色々あるわけじゃないけど……そこはそれ、遊園地に遊びに連れて行きつつ告白とか、いろいろやりようはあるとも思う。
うまく行くかはわからない。だけど出会って一年過ぎる前に、俺はなんとしても片を付けたいんです! だって二人で一周年を祝いたいから!
運命を転がしてくれなんて無茶は言いません。せめて、当日俺が怖気づかないように……告白する勇気を俺に下さい、神様!
とにかくその一念を一生懸命願い、気が済んで頭を上げた俺の耳に……。
『バレンタインは管轄外なんじゃよ……せめて節分にしてくれへん……?』
という神様の声みたいなのが聞こえた気がしたが……うん、空耳だな。俺は気にしないことにした。よろしく頼むぞ、神様。
「ずいぶん長く祈ってましたね。大事なお願いですか?」
沙織ちゃんにそう聞かれたけど、沙織ちゃんも結構長かった。まあ沙織ちゃんも今年はいよいよ三年生だし、お父さんは単身赴任で遠くにいるし、お母さんはよりによって
「沙織ちゃんもお受験だしね。神様によろしくお願いしますってね」
「やだ、さすがにまだ早いですよう」
ちょっと茶化して言えば、沙織ちゃんもおかしそうに笑った。
「今年はいろいろ頑張らないと、と思ってさ。うん、去年の
「そうですねえ。私も、
神様へのお願いは口に出しちゃいけない……っていうか、まさか本人に言うわけにいかないので俺は曖昧にごまかした。沙織ちゃんは凄い気合が入った顔をしているけど、やっぱり何か叶えたい願いがあるんだろうな。
そぞろ歩きしながら、何でもないことをおしゃべりする。
なんだかすでに付き合ってるみたいなこの空気はとても愛おしいけど……これで満足していちゃダメだ。沙織ちゃんとはやっぱり、ちゃんと告白して正式にお付き合いしたい! せっかく初詣で願ったんだし。俺は決意を新たにする。
「だけど近いからってここの神社にしたけど、やっぱり大手の所に行けばよかったかな。参道の階段が凄かったわ」
地図的には近かったんだけどね? 急斜面のきつい階段が数百段ってのは、来てみるまで判らなかったよ。
沙織ちゃんも「あー……」と疲れた声を漏らしたけど、気を取り直して微笑んだ。
「こういうのは苦労したほうが良いんですよ。それでもお願いしたいって気持ちの強さを、神様が評価してくれるとかなんとか」
「なるほどね。エスカレーターじゃ努力を認めてくれないか」
そんな話をしながら鳥居をくぐり、その問題の階段へ。上りはきつかっただけの階段が、下りは急すぎて転倒注意の危険スポットだ。気を付けないとね。
「沙織ちゃん、お手をどうぞ」
「ありがとうございます!」
ちょっとキザだったかと思いつつ差し出した手に、自然に載せてくれた彼女の手を握る。俺たちは気を付けながら、急な階段を降り始めた。
◆
お昼の時間になっても、悦子はぶつぶつ文句を言っていた。
「まったくヤナセンときたら、頭が固いというかニューウェーブがわからないというか……今どきの女子高生文化ってものに理解がないよ!」
荒れる友人の姿に、選択授業が別だった沙織は横の文奈にそっと尋ねる。
「エっちゃん、今度は何をやったの?」
質問の仕方が、エっちゃんがやらかした前提になっている。
「創作料理を作って来いって言われて、目玉焼き丼のレシピを書いて持って行ってハネられたんだって」
どうでもよさそうに答えた文奈は、エビフライを咥えてほんのり幸せそうなオーラを出している。憤怒する友人に共感する気は無さそうだ。
沙織も呆れた目で吠える悦子を眺めた。
「ご飯に目玉焼きを載せただけでしょ……? あれを料理とか女子高生文化とか言われても」
「何言うのよサオリン! 隠し味でご飯と目玉焼きの間に刻み海苔を散らしたり、色取りに紅生姜を添えてみたり、醤油をかけるか塩をかけるかでも味わいが全然違う奥深い料理なのよ! インスタ映えする
「工夫がどうのっていう前に、古くからある食べ方だよね? 自分の創作料理じゃないよね」
「そんなことないよ!
沙織と文奈はもう聞いてもおらず、自分の昼食を平らげるのに専念している。
「ちょっとサオリン、フミー。ノリ悪くない?」
「柳川センセに同情するしかない話題を延々続けられても返事に困るよ」
「自分でもやっつけ仕事だってわかってるんでしょ? いい加減諦めなよ」
「オー……味方がいないぜ……」
やっと腰を落ち着けて食事を始めた悦子を横目に、沙織はマグボトルの蓋を開けながら文奈を見た。もう食べ終わっているけど、まだどことなく浮かれている感じがする。
「今日はなんだか機嫌がいいね、ミナちゃん」
「わかる?」
弁当に好物が入っていたからかとも思ったけど、よく考えれば朝からだった気もする。見た目に気分が分かりにくい娘なので、自分から言ってくれないと気づかなかったりする。現にこの時間まで沙織にはわからなかった。
説明してくれるのかと思いきや、文奈がなぜか財布を出した。中から一万円が出てくる。
「ジャーン」
「……」
文奈が両手で掲げる万札を沙織と悦子はしげしげと眺め、それから二人で顔を見合わせた。
「大金だけど、そんなに珍しいんか?」
「ミナちゃん、一万円持ってるから嬉しいの?」
「なんでその結論? それじゃ私が守銭奴みたいでしょ」
「いや、違うと言われても……」
そう言われても、そうとしか取れない。
肩を竦め合うニブい友人たちの反応に、文奈がちょっと不機嫌になる。
「これはゴンタ君が愛の証にくれたの」
「それって!? ……どういうこと?」
悦子が一旦は驚いて叫びかけたけど、よく考えたらやっぱり意味が分からないので急にトーンが落ちた。当たり前だ。
そんな友人たちに唇を尖らせながら、文奈は大事そうに紙幣をしまい込んだ。
「昨日ゴンタ君とデートして」
「うんうん」
「終わり際に、プロポーズされたの」
「プロポッ!? ……プロポーズ?」
衝撃的な言葉に沙織も叫びかけたけど、そのパワーワードと一万円札の関係がわからないので途中から疑問形になった。当たり前だ。
察しの悪い友人二人に、文奈は珍しくも目に見えて不機嫌になった。
「わからないかなあ……昨日、時間になって別れる直前にね」
「フミーは時間きっちりしてるよね」
「それは今どうでもいいわ。それで、駅で別れる前にゴンタ君が改まって差し出してきたの」
「延滞料金?」
「ち・が・う。ゴンタ君が真剣な顔で渡してきてね、私に言ったの」
『文奈ちゃん。俺は正直、君が他の男とこうしてデートしているかもと思うと……もう耐えられないんだ! 少ないとは思うけど、これで……俺と専属契約を結んで下さい!』
ちょっと誇らしげで、ちょっと嬉しそうにドヤ顔をする文奈。
を置いておいて、沙織と悦子は食後のデザートに戻った。
「なんだ、専属料金か」
「色々な手で搾り取るね、ミナちゃん」
「違うの! そうビジネスライクに受け取らないで! 私が言い出したんじゃないんだから!」
すごくどうでも良さそうな二人を前に、普段無表情な文奈が焦りながら説明した。
「ゴンタ君が私を独り占めしたいっていう意思表示をしたの! つまりお仕事的な付き合いじゃ満足できなくて、私に自分だけを見てって嫉妬してるというか!?」
悦子の視線は相変わらず冷たい。
「いやあ、そんなゴンタ氏のピュアな男心を弄んで荒稼ぎたぁ、文奈先生もプロフェッショナルですなあ」
沙織も同調する。
「私から言う話でもないけど、ほどほどにした方がいいよ? そのうちストーカーになったゴンタさんに刺されるよ?」
もはや誰も彼の本名を覚えていない。
「そーうーじゃーなーくーてーっ!?」
ドライで感情表現が不得手な文奈にしてはかなり珍しく、机をバンバン叩いて二人をキッと睨む。
「別にゴンタ君とのお付き合いはJKビジネスでやってるんじゃないから!」
「えっ!?」
「うそっ!?」
「そこで本気で驚かないで!」
衝撃の告白に驚愕した友人たちに、文奈が歯噛みしながら言い聞かせる。
「ゴンタ君が女の子とうまく話せないから、緊張をほぐそうとああしただけ! その後も上手くしゃべれるように続けただけで……もちろん、気持ちが目に見えるからお金がもらえるのも楽しかったんだけど……」
悦子が、すごくいい笑顔でサムズアップしながら文奈の肩を叩いた。
「それでこそフミーだよ!」
「人を守銭奴みたく言わないで」
「みたくじゃなくて、そのものだよミナちゃん」
「とにかく。ゴンタ君も最近じゃかなり慣れてきたんだけど、そこから一足飛びに私を独り占めしたいって……面と向かって言われると、あんなにキュンとするものなのね……」
ちょっと夢見心地に顛末を語った文奈に。
「いい話っぽいけど、なんで必ずお金が挟まるかな」
「ゴンタさんの熱意は感じるけど、向こうからもミナちゃんはお金で買えるって思われてるよね」
友人たちの評価が辛い。
「そこは飛ばして! 私だってそのうちに一々お金挟まずに付き合いたいんだから」
「マジで? 収入減っちゃうよ? 他にキープ君いるの?」
「もらったお金は使わずに貯めてあるよ! ほかに
悦子の突っ込みに弁解している文奈に、沙織がポロっと感想を漏らした。
「ミナちゃん、そんな事を言っていると……なんだかまともな女子高生みたい」
「
いらない所ばかりつつく友人? たちに腹を立てつつ、文奈が話を締めくくった。
「とにかく! ちょっと病んでる気がするけど、ゴンタ君が勇気を出して私に告白してくれたの! 私も男の人と付き合うのは初めてだけど、すごく嬉しいし……それで気分がアガッていたのよ」
「ほー……」
すでに彼氏持ちの悦子が唸る。
「まさかフミーの方があれだけ
「うぅー、ミナちゃんに先を越されるとは……」
沙織は逆に悲嘆にくれる。春に再会したときは、まさか年を越すなんて思わなかった。
机に伏せてうめく沙織を、悦子がニヤニヤしながら覗き込む。
「サオリンも頑張らないとねー。このまま三月までずるずる行ったら……」
「行ったら?」
小首を傾げる文奈に、悦子が悪い顔で説明する。
「
「わお」
また無表情に戻っている文奈も、沙織の顔を覗き込んだ。
「ご愁傷さまでーす」
「まだだよっ!? ここから挽回するよっ!」
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