第48話 漆原姉妹②

「なにもできないってどういうこと」


 浩輔は由利がなにを言っているのか分からなかった。

 由利は勉強も苦手ではないし、運動も頑張っているようにも見える。


 浩輔はスマホの通話ボタンを押した。

 由利には申し訳ないが、もし怒られた土下座でもして謝ろう。


「莉奈は昔からなんでもできた。勉強も運動も音楽も美術も友達もなんでもできた。でも私はなにもで上手くできなかった。唯一得意な勉強ですらずっと勉強していても莉奈には追いつかなかった」


 由利の心が少しだけ分かったような気がする。

 なんでもできる妹への劣等感。

 きっと由利は劣等感にがんじがらめにされているのだろう。


「でも由利さんは赤点も取ったことないし、体育の時も補習とかになっていないから凄いと思うよ」

「でも莉奈は簡単にトップの成績を収めてしまう」


 由利だって馬鹿ではない。

 赤点も体育の補習も今まで受けたことがない。

 それぐらいできれば上々だと思うのだが、由利はどうしても莉奈と比べてしまう。

 それが悪いことだと浩輔は思った。


「確かに莉奈さんは凄いよ。ついでに汐音も凄い」

『……ついでってなによお兄ちゃん』


 電話の向こうから汐音の怒った声が聞こえる。

 あまり大きな声を出されると気づかれるから静かにしてほしい。


「僕も由利さんと同じでき出来の良い妹がいてさ。汐音なんだけど。汐音はなんでもできて、勉強も運動も友達も僕よりも全て凄かった」

『……』


 急に浩輔に褒められて嬉しかったのか、今まで騒いでいた汐音が静かになる。


「……そうだよね。浩輔君にも双子の妹がいるんだよね」

「そのせいでよく比べられてやはり、出来の良い妹と比べられるのは辛かった」


 浩輔も由利の気持ちは理解できるつもりだ。


 双子で、妹は出来が良い。


 それなのに自分はどうしてなにもできないのか。

 浩輔も考えていた時期がある。


「だからと言って由利さんの気持ちを全て理解できるとは言わない。そんなのは由利さんへの侮蔑だし、傲慢だ」


 浩輔も由利の気持ちは共感できる。


 でも全てではない。


 汐音に対し確かに劣等感は抱いていた。

 でも浩輔は汐音が好きだ。妹として。

 きっとそう思っているのは浩輔だけではないだろう。

 由利もまた、莉奈のことが好きだろう。


「確かに僕も汐音のことが嫌いだった時期もあるけど今はとても仲が良いし。それに兄妹喧嘩なんて日常茶飯事だよ。もし悪いことすれば素直に謝れば良いんだよ」


 浩輔と汐音だって両手では数えきれないほど喧嘩をした。

 でも浩輔と汐音は兄妹でしかも双子だ。

 お互い誠心誠意謝れば許してくれる。


「私、莉奈と喧嘩してそれが自分の嫉妬だと気づいて。自分が醜くて嫌でどんな顔して莉奈に会えば良いか分からなくて。私ってダメダメだから。きっと莉奈には呆れられていると思って。莉奈はなんでもできて私はなにもできない。浩輔君のことだってそう。浩輔君と初めて話したのは私なのにいつの間にか莉奈の方が仲良くなっていて」


 それは初耳だった。


 浩輔は由利と莉奈、二人と仲良くなっていたつもりだった。

 そこに上も下もない。


「僕は由利さんも莉奈さんのことも同じ友達だと思ってるよ」

「えっ……でも……莉奈と話している方が楽しそうに見えるし」

「そんなことないよ……それも莉奈さんに失礼か。僕は同じくらい仲良くなったと思っているしそこに上も下もないよ」

「……そうなんだ。浩輔君は別に莉奈に取られたわけではなかったんだ」


 由利が叫んだあの言葉。

 由利はきっと莉奈に浩輔を取られたと思ったのだろう。

 そこから理解できなかった浩輔はいろいろと思い違いをしていた。

「私は姉として全然ダメで。お姉ちゃんなんだから妹の手本にならないといけないと思って」

「そうか。僕もそう思った時期があるよ。僕もお兄ちゃんだから妹のこと守らないと思っていた。でも違った。妹だって同じように成長する。守るだけの関係ではダメだったんだ。僕が汐音を守り、汐音が僕を守ってくれる。お互いがお互いを支え合う関係が一番良かったということに僕は気づいたんだ。だからそんなに由利さんは肩肘を張らなくて良いと思うよ」


 兄だから、姉だから。

 どうしても兄や姉に生まれた人は考えてしまうだろう。

 兄だからしっかりしなきゃとか、姉だから見本にならなきゃとか。

 でもそれだけではダメだったということに浩輔は気がつけた。


「私お姉ちゃんなのにダメダメだ」

「そういう時は妹の莉奈さんに助けてもらえれば良いと思うよ。きっと莉奈さんもお姉ちゃんのためになにかしてあげたいと思っているはずだし」

「そうだよお姉ちゃん。もっとあたしに頼ってよ」


 今までの話を聞いていた莉奈は感情を抑えきれなかったのか、由利の部屋に乱入して来た。


「えっ……莉奈」


 状況についてこれない由利はパニックを起こしていた。


「ゴメンね由利さん。私もいるよ」


 汐音も頭をかき謝罪しながら由利の部屋に入ってきた。

 ますます、状況が分からないでいる由利だった。

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