第43話 由利と莉奈

 自室に引きこもってから何時間経っただろう。

 引き持った時は朝だったがいつの間にか空が暗くなっている。

 トイレに行く時だけは部屋の外に出たがそれ以外の時はずっと自室でうずくまっていた。


 一人でいる部屋。


 なんだか息苦しい。


 制服のままだとシワになると思い脱ぎ、水色のパジャマに着替えてある。

 なんでもできる妹になんにもできない姉。

 いつから莉奈に劣等感を覚えるようになったのだろう。


 莉奈に劣等感を抱くたびに自分が卑しい人間だと言うことに気づき、自分が嫌になる。


 今日だってそうだ。


 莉奈の周りにはたくさんの友達がいる。

 汐音はもちろんのこと、いつの間にか香織や浩輔とも仲良くなっていた。

 香織はまだしも、浩輔は気に食わなかった。

 だって浩輔と最初に話したのは由利だ。

 莉奈は後から浩輔に話しかけたくせに、いつの間にか自分よりも仲良くなっていた。


 これがただの嫉妬だと分かっている。


 莉奈も由利から奪ったつまりでもないことも分かっている。

 でもこの思いを止めることができなかった。


 いつだってそうだ。


 自分にはなにもない。


「お姉ちゃん……ご飯どうする」


 扉の外から聞こえる莉奈の声。

 その声は悲しそうで少し震えていた。


「……後で食べるからそこに置いといて」

「……うん」


 ぎこちない姉妹の会話。


 お互い相手の腹を探り合うような余所余所しい。

 今朝の醜態を莉奈に見せてしまった由利は、莉奈と顔を合わせるのも億劫だった。


 今まで姉としてしっかりしようと思っていた。


 自分は姉だから妹には負けられないと思っていた。

 でも莉奈はすぐに姉の自分を追い越してしまう。

 そこからどんどん劣等感が膨らんでいった。


 莉奈は悪くない。


 だって莉奈は天才だから。


 莉奈がなんでもできて、笑っている姿を見ると微笑ましい気持ちになるのと同時に憎らしさも感じていた。


「……こんなお姉ちゃんでゴメンね」


 由利は誰に言うでもなく謝る。

 だから由利はなにもできない自分に莉奈がお姉ちゃんと呼ばれるのが嫌だった。

 だって全然自分は姉らしくはないのだから。




 今日の莉奈は無気力だった。


 姉がいきなり家に帰り、その後の授業もダメダメだった。

 先生にあてられてもすぐに答えることができず、体育の時間もボールにぶつかったりシュートを外すのが多かった。


 友達や先生からも体調のことを気にかけられたが、平気な顔をしてはぐらかした。


 だって体は問題ないのだ。


 心が問題なのだ。


 あの時の由利はなぜか傷ついた表情をしていた。

 それは双子の妹の自分にも分かる。


 でも理由が分からなかった。


 莉奈は浩輔を奪ったとも思っていないし、そもそも姉に勝ちたいという思いで勉強や運動もしていない。

 それに兄が欲しくないとは思わないが、だからといって姉がいらないとも全然思っていない。


 むしろ、由利が姉で自分は幸せ者だと感じている。


「……お姉ちゃん」


 莉奈にとって由利は最愛の姉である。

 なのに由利は自分のことを大っ嫌いと言った。

 どこですれ違ってしまったのだろう。

 なにより『大っ嫌い』と言う言葉に莉奈の心は抉られた。


「私、なにか悪いことしたのかな。もし、していたら謝るからここから出てきてよ」


 由利のいない学校生活なんて嫌だ。

 それが今日一日で身をもって分かった。

 だからここから出てきてほしい。


 しかし、鍵がかかっているせいで、無理矢理開けることはできない。


 声をかけようと思ってもなにを言えば良いか分からないし、また由利を傷つけることが怖かった。


 結局莉奈はなにもすることができず、ドア越しに声をかけることしかできなかった。

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