第42話 もうお姉ちゃんとは呼ばないで

「……お姉ちゃん」


 莉奈が怯えた声で由利の名前を呼んでいる。

 でもその声ですら由利は耳障りだった。


「そんな顔で私のことをお姉ちゃんと呼ばないで」


 由利は感情的に叫ぶ。

 今まで我慢していたものがあふれ出してくるかのように、いろいろな気持ちがあふれ出してくる。


莉奈への嫉妬、羨望、劣等感、後ろめたさ、敗北感などの負の感情が抑えきれない。


「どうしたんだよ、由利さん」


 浩輔君は由利の異常に気付き、近づいてくる。


「来ないで」


 しかし、それを由利は非難する。


「っ……」


 その拒絶に浩輔は息を呑む。


 浩輔はなにも悪くない。


「そんなにお兄ちゃんが良いなら浩輔君のところでも香織さんのところでも行けば良いじゃない」

「違う。違うよお姉ちゃん。あたしはそういう意味で言ったんじゃない」


 莉奈はなにか喚いている。

 でもそんなこと関係ない。


「莉奈はいつもそうよ。願えば叶うと思ってる。それが嫌なのよ」


 もう自分の気持ちを抑えることができない。


「いつだってそう。莉奈はいつも私よりなんでもできた。勉強、運動、友達作り。みんな私よりも上手くできた。私はいつも莉奈の後ろについていってるだけ。勉強も運動も平凡

友達だって少ない。そんな私の気持なんか莉奈には分からないでしょうね」

「……」


 莉奈は初めて由利の気持ちを知ったのか、ただ黙っている。


「私はお姉ちゃんだから。妹よりもできるように頑張ってきた。でもできなかった。すぐに妹はできるのに私はなかなかできなかった。私はお姉ちゃんなのに。だから莉奈はお姉ちゃんじゃなくお兄ちゃんが欲しいんでしょ」

「違う。違うよお姉ちゃん」


 出来損ないの姉のよりできる兄を望んでいる莉奈。

 莉奈は必死に否定を叫んでいるが、由利の心には響かなかった。


「なんにもできない私だけど勉強は少しだけできた。だからずっと頑張った。けど莉奈に追いつかなかった。そしてようやく私は莉奈に勝つことができた。できたと思った。私の方が先に浩輔君と話しかけてのに、いつの間にか莉奈の方が仲良くなっていった。なんで。なんで莉奈は私からなんでも奪うの。私の方が先に浩輔君と仲良くなったのに。なんでそれまでも奪うよ」

「違うよお姉ちゃん。私はお姉ちゃんからなにも奪ってないし、お姉ちゃんのこと大好きだよ」

「私はなんでもできる莉奈のことが大っ嫌い。もうお姉ちゃんと呼ばないで」


 由利はヒステリックに叫ぶと、校門と反対側に向かって走り出す。


 こんな泣き顔、莉奈に見られたくなかった。

 それに浩輔にも見られたくなかった。

 それにあの場所に居づらかったせいもある。

 引いたような、理解できないというような四つの顔。


 その顔が怖かった。


 結局、自分はなにもないし、なにもできないのだ。

 姉として今まで、ずっと頑張ってきた。

 でも妹の方が姉よりもできた。


 それが悔しかった。


 なぜ、双子なのにこんなにも違うのだろうか。


 その後、由利は自分の家に帰り、自室に引きこもった。




 あんなに感情的に叫ぶ由利を見たことがなかった。

 そして由利の大声に、あんなにも大きな声を出せるのかと驚いた。


「……お、お姉ちゃん」


 莉奈は由利に拒絶されて涙を流していた。

 浩輔は最初なにが起こったのか理解できず、呆然としていた。


「……あたし……お姉ちゃんに嫌われていたんだね」


 莉奈は姉の由利に嫌われていたことがよっぽどショックだったらしく呆然自失していた。


「「……」」


 汐音も香織もとっさのことだったので、なにを言って励ませば良いのか分からず無言で立ち尽くしていた。


「まさかお姉ちゃんがあんなこと思っていたなんて」


 地面に由利の涙が落ちて吸い込まれていく。


「……なんで。あたしはお姉ちゃんのこと好きなのに」

「違う。由利さんは莉奈さんのこと嫌ってなんかいない」

「慰めはよしてよ。だって本人に嫌いだと言われたんだよ。嘘なわけないじゃん」


 浩輔は莉奈を慰めようとしたが、莉奈も感情が高ぶっているせいか、浩輔の胸ぐらをつかみ声を荒げる。


「莉奈ちゃん」

「く、苦しい」

「……あっ、ごめん」


 気道が締まり、汐音が助けてくれなかったら危うく、天に召されるところだった。

 莉奈も自分が冷静さを欠いていたことを反省し、うなだれるように校舎の中に消えていく。


 妹に劣等感を抱く姉に、姉に嫌われた妹。


 その後ろ姿はどちらも見てはいられないぐらいに小さく、傷だらけだった。




「ついに由利ちゃんは壊れちゃったね」

「ついに由利ちゃんは壊れちゃったね」

「人間は脆いね」

「人間は脆いね」

「なんで二人はすれ違っちゃったのだろう」

「双子なのに」

「姉妹なのに」

「ずっと一緒の家で過ごしていたのに」

「愚かだな~由利ちゃんは」

「鈍感だな~莉奈ちゃんは」

「言葉で伝えても伝わらない時もあるのに、言葉にしなければ伝わるわけがないのに」

「私たちみたく、言葉にしなくても伝わる関係じゃないのに」

「この後二人はどうなっちゃうのかな」

「この後二人はどうなっちゃうのかな」

「それは神のみが知る世界」

「それは神のみが知る理」

「大好きだよ咲夜」

「大好きだよ輝夜」

「愛してる」

「私も愛してる」


 輝夜と咲夜は、二階の窓から四人の光景を眺めていた。

 そして鼻で笑い、人間の愚かしさを笑っていた。


 自分たちのように絆が太ければ喧嘩なんかしないのに。


 二人は全く同じことを思っていた。


 二人は人間の不完全さを知らなかった。


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