第38話 由利の中に潜む悪魔

 浩輔と香織の話を階段の下で聞いていた人物がいた。


「なんで人間って喧嘩するんだろうね」

「なんで人間って喧嘩するんだろうね」


 輝夜と咲夜、伊藤兄妹だった。


「喧嘩なんて馬鹿馬鹿しい」

「喧嘩なんて馬鹿馬鹿しい」

「言葉にすればみんな伝えられるのに、なんで言葉にしないでみんな隠してしまうのだろう」

「私たちは言葉にしなくても通じ合うことができるのに、なんでそれができないのだろう」

「喧嘩なんて不毛」

「喧嘩なんて時間の無駄」

「みんながみんなを愛すれば、喧嘩なんて起きないのに」

「みんながみんなを愛すれば、喧嘩なんて起きないのに」

「私たちのようにみんななれば良いのに」

「そうすれば幸せになれるのに」

「私と咲夜の愛は絶対」

「私と輝夜の愛は不滅」


 輝夜と咲夜はいろいろと他の人と違く、狂っていた。

 そのことに、二人は気づいていない。




 なんで自分はなにもできないのだろう。


 由利は一人で悩んでいた。


 自分はひとりではなにもできない。

 友達を作ることも勉強することも運動することもできない。

 その才能は全て、莉奈に取られてしまった。


 莉奈はなんだってできる。


 友達もたくさんいるし、勉強も運動もどちらも完璧にこなしてしまう。


 自分は莉奈の搾りかすだ。


 だから自分にはなにも残っていない。

 あるのは『姉』という肩書きだけ。

 なにもできない『姉』となんでもできる『妹』。

 世間はそう考えている。

 莉奈はいつも楽しそうに生きている。


 それはなんでもあるから。


 なんにもない自分は生きていても楽しくない。

 なんで自分はなにもないのだろう。


 理由は簡単だ。


『莉奈に全て奪われたからだ』


 違う。


 時々、嫌なことを考えると聞こえてくる声がある。

 それを由利は悪魔の声と言っている。

 悪魔の声は少しずつだが確実に由利の心を侵食している。

 なんでもできる妹を見ているとなにもできない自分が滑稽でしょうがない。

 生まれてきた順番が先だったせいで姉になった由利。

 姉だから妹の手本にならなくては。


 最初はそう意気込んでいた。


 でも、なんでもすぐにできる妹はすぐに由利を抜かしていった。

 そんな自分が惨めで嫌だった。

 それなのに莉奈は自分のことを『お姉ちゃん』と呼び慕ってくれた。


 それが嬉しくて、同時に妬ましかった。


 なんで自分はこんなにもなにもできないのだろう。


 浩輔だってそうだ。


 最初浩輔に話しかけたのは自分だった。

 それなのに、いつの間にか莉奈も浩輔と仲良くなって、いつの間にか自分よりも莉奈の方が浩輔と話しているような気がする。


 莉奈は略奪者だ。


 なにも持っていない自分が手に入れたものをこれ以上奪わないでほしい。

 妹の手本になりたかった姉の由利。

 でも今は、妹の莉奈にただ嫉妬する醜い姉でしかない。


「……なんでだろう、莉奈のことが好きなのに……嫌い」

「それはおかしいね。好きなのに嫌いって」

「それはおかしいね。好きなのに嫌いって」

「それって本当は嫌いなんじゃないの」

「それって本当は嫌いなんじゃないの」

「だ……誰」


 由利が一人で体育館の裏にいると、悪魔の声ではない声が聞こえてきた。

 しかも自分が言葉にしていたことが聞こえていたのか、由利の会話に反応するかのように返してきた。


 伊藤兄妹。


 学校でも有名な双子の兄妹だった。

 髪の毛の色以外ほとんど見分けが付かない、とても似ている双子。

 学力も運動神経も容姿も高水準でなんの非の打ち所がない。


「私は輝夜」

「私は咲夜」

「なんで姉妹、しかも双子なのに劣等感を覚えるのだろう」

「好きなのに嫌いってなんで思うのだろう」

「それはあなたが莉奈ちゃんを嫌いだから」

「それはあなたが莉奈ちゃんを嫌いだから」

「違う。私は莉奈のことが嫌いじゃない」

「じゃー大好きなんだ」

「愛してるんだ」


 莉奈のことは嫌いではない。むしろ大好きだ。

 だからこそ、勝手に自分の思いを決められた由利は輝夜と咲夜に反抗する。

 しかし、次の二人の問いかけに由利はすぐ反応できなかった。


 莉奈のことは好きだ。


 でも大好きとは言えなかった。

 愛してるとは言えなかった。


 どうしてだろう。


 まるで心がぽっかりと開いたような感覚。

 その虚無感に由利は絶望する。


「本当は莉奈ちゃんのこと嫌いなんじゃないの」

「本当は莉奈ちゃんのこと疎ましいと思ってるんじゃないの」

「莉奈ちゃんがいなければ、比べられることもなかったのに」

「莉奈ちゃんがいなければ、こんなにも傷つくこともなかったのに」

「莉奈ちゃんの残りかすの由利ちゃん、可哀そう」

「莉奈ちゃんの残りかすの由利ちゃん、惨め」

「うふふ、そんな莉奈ちゃんなんていなくなれば良いのに」

「うふふ、そんな莉奈ちゃんなんていなくなれば良いのに」


 双子は言いたいことを言って満足したのか徐々に声が小さくなっていき、いなくなってしまった。


 一人体育館の裏に残された由利。

 由利の心はかなり荒ぶっていた。


 確かに莉奈がいなければ比べられることもなかった。

 莉奈がいなければ、こんなにも惨めな思いをすることがなかった。

 莉奈が悪い。全て莉奈が悪い。

 浩輔を取られたのも莉奈が悪い。


 由利の心はどす黒い思いで満たされ、あふれ出しそうだった。


 由利の心のダムの決壊も時間の問題だった。

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