第34話 汐音と香織

 次の日。


 昨日より体調が良いのか、汐音は今日から学校に通うと言い出した。


「あまり無理するなよ」

「うん、でもいつまでも引きこもったままではいられないし、どこかで踏ん切りをつけないといけないと思うの」


 浩輔は汐音のことを心配するがさすがに過保護だろう。

 汐音は自分の意思で行くと決めたのだ。

 それを心配することではなく、応援するのが兄としての役目だろう。


「汐音がそう言うなら学校に行こうか」

「うん」


 兄としてできること。


 それは汐音の意思を尊重することだった。

 浩輔は汐音と一緒に玄関を出て、学校に向かおうとすると、意外な人物が外で待っていた。


「……木村先輩……それに木村さん」


 玄関先には龍次と香織が浩輔たちのことを待っていたのだ。

 いくら、意思を固めた汐音もいきなり香織と会ってしまったせいか、体が委縮し浩輔の後ろに隠れる。


「おはよう、お前ら」

「おはようございます」


 とりあえず、なんのしがらみもない龍次と浩輔があいさつをかわし、少しでも場を繋げようとする。


「いきなり玄関先で待ち伏せして悪かったな」

「いえ、というよりも驚きました。待ってるならせめて連絡くださいよ」

「悪い、これはサプライズだ」

「サプライズならしょうがないですね」

「……」

「……」


 龍次と浩輔は汐音と香織に気まずい思いをさせないようにワザと話を繋げる。

 でもワザと話を繋げるのはかなり難易度が高く、すぐに終わってしまう。


「ほら、香織。汐音に言いたいことがあるんだろ」


 龍次の後ろに隠れていた香織は気まずそうに汐音を見つめている。

 逆も然りで、汐音も気まずそうに香織のことを見つめている。

 そんな二人の状況がじれったかったのか、龍次が香織を前に押し出す。


「わ、分かってるよ」


 照れ隠しなのか、香織は龍次に向かって強気で話す。

 しかし、前に出ると気まずいのかしおらしい女の子のようにモジモジしている。

 最近、強気で口うるさい香織しか見たことがなかった浩輔にとって、今の香織は新鮮だ。


「汐音もほらっ」

「う……うん」


 無理矢理とはいえ、香織が前に出たのだ。

 汐音も香織と同じように前に出るべきだろう。

 そしてお互い、思っていることをぶつければ良い。


 ここには浩輔がいる。


 もし、汐音がピンチな時はすぐに助けてあげられる。


「香織さん……ごめんなさい」


 香織はいつまでもモジモジしていたせいで、汐音に先制を許してしまう。


 汐音も香織に謝りたかったのだろう。


 確かに龍次と付き合い始めた香織はほとんどの時間を龍次と過ごしていた。

 つまり、それぐらい龍次を独占していたということだ。


「龍ちゃんをずっと私一人で独占してごめんなさい」


 恋は盲目と言うが、確かにその通りだ。

 頭も良くて気配りも上手で優しい汐音が、龍次のことになると一途に突っ込んでしまう。

 そのせいで、汐音だけが龍次を独占し周りのことが見えていなかったのだろう。


 幸いと言っていいのか、龍次は友達が少ない。


 そのため、汐音が龍次を独占しても龍次の友達関係は壊れることはなかった。


 しかし、龍次には香織という妹がいた。


 香織はきっと、汐音に龍次を取られたと錯覚したのだろう。

 そのせいで、香織は汐音を敵視したのだ。


「私、龍ちゃんに香織さんがいることを知りながら龍ちゃんとばかり遊んでエッチしてごめんなさい」


 汐音は申し訳なさそうに謝る。

 汐音も今まで見えていなかったものが見え始めたのだろう。


「謝るのはこっちの方よ。……叩いてしまって……ごめんなさい」


 香織も香織で汐音に罪悪感を抱いていたのだろう。

 あの日、感情的になって叩いてしまったことを。


「……正直言って汐音さんに兄さんを取られたと思った。いつも兄さんは汐音さんと遊んでばっかりで私にかまわなくなっちゃった。昔の兄さんはあんなにも優しかったのに今の兄さんは不真面目で不良で。それを全部汐音さんのせいにしてた」


 あの龍次が小さい頃は妹に優しい。

 全然想像がつかない。


「でも違った。兄さんは中学の頃からグレ始めたしそれを私が都合よく汐音さんのせいにしていたんだ。汐音さん、本当にごめんなさい。そして、これからも兄のことをよろしくお願いします」

「こ、こちらこそ、よろしくお願いします。また龍ちゃんのことしか見えなくて暴走するかもしれないけどその時は叩いても蹴飛ばしても大丈夫だから」

「もうしないわよ」


 お互い頭を下げ、謝り、これで一件落着だろう。

 浩輔は龍次と目が合い、同時にため息をこぼす。

 汐音も本音を言い、香織も本心を晒し出せた。

 二人の溝は一気に縮まっただろう。


「もしかしたら汐音さんが私の義理のお姉さんになるかも」

「確かにそうかもね。私妹とかほしかったんだよね」

「そうすると浩輔君とも義理の関係になるのか。それは嫌だな」

「おい」


 二人が仲良くなったことは喜ばしいことなのだが、そこで自分をディスるのは止めてほしい。

 そして何気に龍次まで笑っている。


「結局、妹をほったらかしにした木村先輩が悪いでこの話はおしまいにしよう」

「そうだね」

「それが一番平和ね」

「おい待て。なんで俺が元凶になってるんだよ」


 この話は龍次が悪者にした方が後味が良いだろう。

 汐音も香織もそれには納得したのか、素直に浩輔の意見に賛同してくれる。

 ただ一人、龍次だけは不満そうだったが、所詮龍次なので気にしないことにした。


 今日は、雲一つない快晴だった。

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