第33話 わだかまりは雪解けのように

 伊藤兄妹の言う通り、屋上の給水塔の後ろに行くと香織がしゃがみ込んでいた。


「香織」

「……兄さん」


 香織は一人、泣いていた。

 香織はここに龍次が来たことに驚いたのだろう。信じられない表情で龍次を見ている。


「どうしてここに兄さんがいるの」


 今日の香織は弱弱しい。

 きっと、今日喧嘩をしたことが原因だろう。

 生意気で口が悪い妹だが、実は繊細で傷つきやすい女の子なのだ。


「探したんだよ」


 龍次は素直に答える。


「どうして、探したの」

「そんなの決まってるだろ。香織のことが心配だったんだ」


 なんで自分を探していたのか訝しそうに見つめる香織。

 龍次は嘘偽りなく、本当のことを答える。

 あの日から元気のない香織。

 兄として当然心配する。

 だって香織は一番大切な妹だからだ。


「……汐音さんのことは良いの」


 香織は素直ではない。

 龍次が来てくれて素直に喜んでくれれば可愛いのだが、ひねくれている。

 それも香織の魅力と言えば魅力だが。


「別に良くはない。でも今はお前の方が心配だ」


 汐音のことはもちろん心配だ。

 でも汐音たちには浩輔がいる。だから安心して任せられる。

 でも香織には龍次しかいない。


 友達は決して多くない香織のことだ。

 きっと、一人で落ち込んでいるに違いない。

 その予想は間違ってはいなかった。


「じゃー私と汐音さん、どっちが大切なの」


 それは龍次にとって究極の問題だ。

 崖から落ちそうな汐音と香織。

 龍次は片手で一人ずつ支えている。

 龍次の手は限界だ。どっちかを離さないと生き残れないとしたらどっちの手を離すだろうか。


 そんなのは簡単だ。


 どっちも助ける以外選択肢はない。

 きっと汐音なら、自分から龍次の手を離すだろう。

 だからこそ、どちらかを助けるのではなくどっちも助けるという選択肢を選ぶ。


「そんな馬鹿なこと聞くんじゃねー。どっちも大切に決まってるでだろ」

「どっちか選んで」


 龍次の答えは気に食わなかったのか、語気を荒げる香織。


「俺はな、彼女として汐音が好きで妹として香織が好きなんだ。まず好きな理由がちげー。それにその質問は卑怯だぞ。お父さんとお母さん、お兄ちゃんとお姉ちゃん、私と仕事、どっちが好きなのと同じぐらい最低な質問だ。そんなもの、どっちも大切に決まってるだろ」


 汐音ばかりかまって、香織を放置していたことに関しては龍次も非がある。

 でも、それは香織のことが嫌いではなく、妹だから放置してしまったのだ。

 香織は妹だ。その関係は一生切れることはない。

 そのため、香織のことをないがしろにしていたことは認める。


 でも香織のことも好きだ。


 汐音と香織。どっちが好きかなんて選べるわけがない。


 どっちも大切なものだから。


「……ゴメンな香織。放置ばかりしておいて」

「……そうだよ。寂しかったんだからね」


 龍次はひとまず、香織をほったらかしにしていたことを謝る。

 どんな理由があったとしても、妹を寂しがらせた龍次が悪い。


「香織。俺は妹として香織のことが好きだ」

「私もお兄ちゃんとして兄さんのことが好き」

「今度は放って置かないからな」

「そうだよ、少しはかまってよ」

「でも汐音と二人でいたい時もある」

「……たまになら良いよ」

「今度三人で遊ぼう」

「……そうだね。そう言えば私と兄さんと汐音さんの三人で遊んだことなかったかも」


 龍次は香織を抱きしめ、香織も龍次を抱きしめる。

 お互い、体を重ね本音を言い合う。


 香織は寂しかったのだ。


 そのせいで刺々しくなり、周りに当たっていた。

 龍次も龍次で汐音ばかりかまっていて、香織とはほとんどかまわない生活をしていた。


 龍次も香織が好きだ。


 香織も龍次が好きだ。


 もし、お互い、素直になっていたらこの喧嘩は起こらなかっただろう。


「遊園地と行くか」

「それも良いね。でも温泉に行って本音で汐音さんと話したい。……それに汐音さんに謝りたい」

「そうだな。香織が汐音に謝ればきっと許してくれると思うぞ」

「なにその上から目線。……でも汐音さんと仲直りしたい」


 香織も自分が子供っぽい癇癪を起していることに気づいたのか、少しずつ素直になってきた。

 香織もあの喧嘩の後悔していたのか、汐音と仲直りをしたいと言っている。


 香織は素直で優しい女の子だ。

 きっと汐音とも仲良くできるだろう。


 お互い本音で言い合えたからこそ、木村兄妹の溝は埋まることができた。




「香織ちゃんって素直じゃないよね」

「香織ちゃんって素直じゃないよね」

「もっと自分の気持ちを伝えれば良いのに」

「もっと自分の気持ちに素直になれば良いのに」

「私たちにはそんな必要ないけどね」

「私たちにはそんな必要ないけどね」

「私たちは以心伝心」

「私たちは以心伝心」

「言葉がなくても伝わる」

「心で通じ合ってる」

「輝夜」

「咲夜」


 木村兄妹の愛を陰から見ていた伊藤兄妹は、その不完全さを理解できないでいた。


 伊藤兄妹は異質だ。


 いくら一卵性双生児だとしてもここまで心が通い合っている双子はいない。

 二人には、言葉で伝えなければ伝わらない不完全な関係を理解することはできなかった。

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