第29話 誰も悪くない

理由をもらい、手段を得たなら、あとは実行するだけだ。


 そうと決まれば、即行動。それが莉奈の銘らしい。

 浩輔は由利と莉奈を連れて昇降口に向かう。


 由利は地味で目立たないが、莉奈はとにかく目立つ。

 成績優秀、運動神経抜群、容姿端麗。

 しかも友達も多い。

 非の打ちどころがないぐらい完璧女子高生である。


 そんな莉奈といると冴えない男子高校生である浩輔は居心地が悪い。


「なんかいろんな人が見てるな」

「そうかな。これぐらい普通だよ、普通」


 たくさんの視線に慣れていない浩輔は、他の生徒からの視線が気になってしまう。

 逆に、視線慣れしている莉奈はもうなにも気にしない領域に達しているのか、平然と歩いている。


「……やっぱり莉奈と歩くとたくさんの視線が……」


 やっぱりというか、引っ込み思案の由利は視線が苦手らしい。

 そこには浩輔も同意する。


「とりあえず、なにか買って行きたいからコンビニとか寄っても良い?」

「別にそんなこと気にしなくても良いよ」

「ノンノン、一応お見舞いに行くんだから、お見舞い品を持っていくのは礼儀だよ」


 本当にそこまで気を使わなくても良いと浩輔は思っていたので、お見舞い品なんかいらないと言うと、可愛く浩輔の意見が拒否された。

 こういう小さな気配りができるのも、莉奈の美徳なのだろう。


 漆原姉妹といると分かることだが、この二人はかなり対照的だ。

 由利と二人の時はお互い、必死に話題を探して会話をするのだが、莉奈といると、莉奈が自然に会話をリードし、自然に会話が繋がっていく。


 由利が悪いというわけではなく、由利にも良いところはあるが、それは莉奈にも言えることで莉奈といると結構面白いし、楽だ。


「そう言えば汐音ちゃんの家初めて行くかも」

「確かに莉奈さんって汐音と仲が良いけど、家に来るのは初めてだよね」

「そうそう。汐音ちゃんっていつも木村先輩とデートしてるから。でも汐音ちゃんがあたしの家に来たことはあるんだよ」

「確かに莉奈の部屋に来て遊んでたことがあったかも」

「由利さんは遊ばなかったの」


 由利と莉奈は双子の姉妹だ。

 当然、同じ家に住んでいるだろう。

 汐音は社交的で、同性の同級生だ。

 あまり気を使わなくても接することができるだろう。


「あたしは誘ったんだけど、お姉ちゃんが遠慮して」

「だって、私と遊んでも楽しくなんかないよ。それに莉奈と汐音さんが楽しんでいるところに私が入って気まずくなったら嫌だし」


 なんでだろう。


 由利の言葉の全てに共感できてしまう。

 浩輔も由利と同じ感覚だ。

 自分が入ったことによって、その二人組の関係が変わるのも怖いし、面倒くさそうに扱われるのも嫌だ。


「そんなことないよ。あたしはお姉ちゃんのこと好きだよ」

「汐音も理由もなしに邪険する奴じゃないから気にすることないよ」

「……莉奈は社交的だからそんなこと言えるんだよ」

「えっ、なんて言ったのお姉ちゃん」


 今、一瞬由利の体から黒い靄のような雰囲気が噴き出した。


「ううん、なんでもない。それより早く行かないと、夜遅くなるのも浩輔君たちに迷惑だし」

「別にそんなことはないよ」


 でもそれは一瞬のことで、すぐに霧散しいつもの引っ込み思案で地味な由利に戻った。

 そこまで気を使う必要はないと浩輔は思うのだが、その謙虚さが由利の美徳である。


 その後、昇降口で外履きに履き替え校門を出ようとした瞬間、ある人に止められる。


「……木村先輩」

「悪いな浩輔。待ち伏せするような感じで待っていて」


 校門前には、校門に寄りかかりながら浩輔のことを待っていた龍次がいた。

 龍次も心なしか疲れているのか、顔に覇気がなく少しやつれている。

 由利も莉奈も香織の兄のことは知っているので、緊張した面持ちで対峙している。


「きむ……」

「先に言わせてくれ。妹の香織が迷惑をかけた」


 龍次は浩輔の言葉を遮るように無理矢理浩輔の言葉に重ねて、頭を下げながら謝罪した。

 いきなりの謝罪に思考がついていけない浩輔たちは完全に硬直した。


「……き、木村先輩。頭を上げてください」


 最初に平静に戻ったのは龍次と一番付き合いが長い浩輔だった。


「別に木村先輩が謝ることじゃないですよ」


 龍次のことだ。きっと汐音のことを最後までかばってくれたのだろう。

 何度も言うが龍次は不良みたいな顔つきをしているが、本当は心優いい男の子だ。


「浩輔、悪い。俺は汐音のことを最期まで守ってやれなかった」

「それは大丈夫ですから。それに謝罪は電話でも聞きました。だから顔を上げてください」

「電話だけなんて非常識すぎる。直接謝らなきゃ意味がない」


 先輩が後輩に頭を下げている姿は嫌でも目立つ。

 とりあえず浩輔は、龍次に頭を上げさせ、そこから話を聞くことにした。


「あの時も木村先輩は汐音を守ってくれたんですよね。ならむしろ僕がお礼を言いたいです。ありがとうございます」

「いや、本当に彼氏として情けねーよ。悪いが俺にも行かせてくれないか」


 龍次は本当に汐音を守れなかったことを後悔し、謝りたいと思っている。

 でも汐音がそんなことを思っていないだろう。


 むしろ、龍次がいてくれたから救われていると兄の浩輔は思う。


 だから龍次が今行くべき相手は汐音ではない。


「それは嬉しいけど、木村先輩は木村さんの方に行ってください。木村先輩にこんなことを言うのは失礼だと思いますけど僕は木村さんのことが好きではありません。でも木村さんも傷ついているんだと思います。だから木村先輩は木村さんのところに行ってください。汐音は僕たちで大丈夫です。今、木村さんを救えるのは木村先輩しかいないと思います」

「そうですね。香織さんの言い方はひどかったですけど、なにかに傷ついている印象がありました。汐音ちゃんのことは心配だと思いますけど汐音ちゃんのことはあたしたちがなんとかします。だから木村先輩は香織さんのところに行ってください。香織さんを救えるのは木村先輩しかいないと思います」

「……分かった。汐音のことも心配だが兄として香織のことも同じぐらい心配だ。今回はお前らに甘えさせてもらうことにする」


 浩輔と莉奈の饒舌な説得に納得したのか、龍次は汐音ではなく香織を優先することに決めたようだ。

 龍次は汐音の彼氏であると同時に香織の兄だ。

 浩輔も兄として龍次の気持ちは良く分かる。


 兄と言う生き物は妹のことがとにかく心配なのだ。

 それに今の浩輔たちは香織を慰めることができない。


 むしろ、傷つけてしまうだろう。

 だったら、ここは龍次が一番の適任だろう。


 龍次も香織のことが心配だったのか、素直に浩輔たちの気持ちを受け取った。


「それじゃー俺は香織のところに行くよ。ありがとな」


 龍次は浩輔たちにお礼を言い、香織のところに走って向かった。


 兄妹愛って素晴らしいな。


 浩輔は柄にもなく思う。


「木村先輩は良いお兄ちゃんだね」


 莉奈も妹思いの龍次に向かって優しく呟く。


「……私、なにも言えなかった」


 しかし、由利だけは沈んだ声で呟き、その声は虚空へと消えていった。

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