第28話 お見舞いに行こう

あの気まずいままの空気で放課後を迎えた。

 昼休みも、授業中も浩輔は香織のことを意識しないように過ごしていた。

 少しでも意識してしまうと、イライラが抑えられなくなると思ったからだ。

 香織も浩輔と視線を合わせるどころか、いない者のように過ごしていた。


「浩輔君、ちょっと良いかな」

「ん、なに」


 放課後になって浩輔が落ち着くのを待ったのか、この時間に莉奈は話しかけてきた。


 莉奈は優秀だ。


 その評価はきっと、クラスメイト全員が思っているだろう。


「汐音ちゃんのことなんだけど」


 ホームルームが終わると香織はすぐ教室を出て行ってしまった。

 きっと、浩輔と同じ空間にいるのが嫌だったのだろう。


「汐音は大丈夫だから。莉奈さんは気にしなくても大丈夫だよ」

「ううん、そんなわけないよ。あの汐音ちゃんが病気でもないのに学校を休むんだよ。全然大丈夫じゃないよ」


 莉奈にもあまり踏み込んでほしくなかった浩輔は軽くかわそうとしたが、莉奈がそれを許さなかった。


 莉奈は汐音の友達……いや親友だ。


 教室でもいつも一緒にいるぐらい仲が良い。

 だから汐音のことを心配するのも当然だ。


「……莉奈さんなら分かっちゃうだろうな」


 莉奈が汐音のことを心配しているのは本当だ。

 それにこのまま莉奈を拒絶しても浩輔にはなんの利もない。


「あたしも香織さんと汐音ちゃんが喧嘩したことぐらいしか分からないし。浩輔君が香織さんに怒っていることぐらいしか分からない。だから汐音ちゃんに会わせてくれないかな。友達として力になりたい」


 莉奈も汐音のことが心配でいてもたってもいられないのだろう。


「ちょっと待って。汐音に電話してみる」


 さすがに浩輔の一存では決められないことだったので、一度汐音に連絡してみる。


『もしもし、お兄ちゃん』

「悪い、汐音か。ちょっと汐音に聞きたいことがあるんだけど」

『?うん、良いけど』


 その後、浩輔は莉奈が汐音の家に行きたいということを伝えた。

 ちなみに、今日学校で浩輔と香織が喧嘩したことは伝えていない。


『……私、こんな顔だから会いたくはないんだよね』


 電話越しのため、汐音がどんな顔をしているのか分からないが、泣き腫らした顔をしているのだろう。


「汐音がそういうなら、僕が上手く断っておくよ」


 汐音が会いたくないというなら会わない方が良いだろう。

 莉奈は親切心で会いにいきたいと言っているだけだが、人間一人でいたい時もある。


『……ううん。莉奈ちゃんの親切心も無下にはできないから来て良いよ。その代り私の顔を見ても笑わないでね』

「了解。莉奈さんにはそう伝えておくよ」


 いつもお調子者で元気な汐音だが、人の優しさを無下にはできない優しさを持っている。

 きっと汐音は、一人でいたいのだろう。

 きっと浩輔にも会いたくはないはずだ。


「お姉ちゃんも行こうよ」

「でも、私、汐音さんとあまり面識ないし」

「汐音ちゃんもきっとお姉ちゃんが来てくれたら嬉しいと思うよ」


 浩輔が電話をかけている時、きっと莉奈が由利も汐音のお見舞いに誘ったのだろう。

 しかし由利は汐音とあまり面識がないから断ろうとするが、莉奈はしつこく由利を勧誘する。


「今汐音に連絡したら大丈夫だって」

「やったー。それじゃー決まりだね。お姉ちゃんも一緒に行くよ」

「で……でも……私が行ったら迷惑じゃ……」

「そんなことないよ。汐音ちゃんがお姉ちゃんのこと迷惑なんて思わないよ」


 汐音とあまり面識のない由利は、汐音のお見舞いに行くことをおこがましいと思っている。

 しかし、莉奈は強引に由利を誘っている。

 汐音なら由利が来ても迷惑だと思わないと思うが、本人が行きたくないなら行かない方が良いだろう。


「莉奈さん、別に無理して誘うことないよ」


 浩輔は由利を助けようと思い、由利に来なくて良いと伝える。


「……そうだね」


 莉奈も由利に自分の意見だけを押し付けていたことに気づき、ションボリと反省する。

 しかし、浩輔の言い方が悪かったのか、なぜかここで由利が手のひらを反す。


「や……やっぱり、私も行きます」


 その発言に、浩輔と莉奈は驚きのあまり固まってしまう。

 由利はどちらかと言うと控えめで、あまり強引なタイプではない。

 しかし、今の由利からは変な圧力を感じる。


「……もしかしてご迷惑だった」


 その圧力は一瞬だけであって、すぐにいつもの弱弱しい由利に戻ってしまった。


「いや、汐音はそんなこと思わないし、僕も思ってないよ」

「汐音ちゃんはそんなに心が狭い人じゃないから安心して」

「それに一人増えでも二人増えても変わらないし、由利さんが気にすることじゃないよ」

「そうそう。それじゃー話もまとまったみたいだし、お見舞い品を買って行きますか」


 途中、なぜか莉奈が主導権を握り話をどんどん進めていった。

 そうやって他人を魅了でき、引っ張っていくのも莉奈の魅力なのだろう。


 一方、由利は無理を言ってすみませんという気持ちを伝えたいのか、汐音に許可をとってくれてありがとうと言いたいのか、莉奈が強引ですみませんと謝っているのか、浩輔に頭を下げ続けた。


 そういう謙虚なところは、由利の魅力だと浩輔は思う。

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