第26話 冷戦

夜が明け、次の日になる。


「ゴメンねお兄ちゃん。今日は学校に行けないや」

「そうか。今日はゆっくり休んでるんだぞ」


 寝ただけでは汐音の心の傷は癒えなかったのか、今日は学校を休むらしい。

 浩輔もこんなに疲弊している汐音を見たことがなかった。

 それにクラスには今一番会いたくない香織もいる。

 今の汐音の精神状態で香織に会ったら、汐音が壊れてしまうだろう。


「昨日はありがとう」

「僕のことは気にしないで。僕は汐音のお兄ちゃんだから。これぐらい平気よ」

「ありがとお兄ちゃん。えへへ、高校に入って初めて学校休んじゃった。皆勤賞はもらえないね」


 兄として妹に頼られるのは嬉しい。


 それに昨日よりかは少しだけ笑顔も戻ってきたような気もする。

 もし、明日学校に行くならば精一杯フォローをするつもりである。


 汐音がいない通学路。


 確かに高校生になってから汐音が学校を休むことはなかった。

 ちなみに浩輔は二回程学校を休んでいるため、皆勤賞はもうとっくの昔に諦めている。

 一人で向かう時間は意外にも長く感じた。


 その後校門を抜け、昇降口で上靴に履き替え教室に入る。

 ここで香織と鉢合わせたら最悪だったが、運が良いことに香織とは遭遇しなかった。


「おはよう浩輔君。あれ、汐音ちゃんは一緒じゃないの」

「おはよう莉奈さん。汐音は今日体調が優れないから家で休んでる」

「マジか~。昨日は元気そうだったのに、もしかして昨日の雨で風邪を引いちゃったのかな」


 由利を媒介に莉奈とも朝の挨拶をするまでの仲になった。

 莉奈は昨日の通り雨に打たれて風邪を引いたのだと推測した。

 確かに莉奈の思考が一番、理に適っている。


 まさか、香織と喧嘩して休んだとは夢にも思っていないだろう。


「そんな感じだ」

「そっか~、あっおはよう稔ちゃん」


 莉奈は汐音が休んで残念そうな表情をしていたが、また違う友達が来ると、気持ちを切り替えてそっちへ行ってしまった。

 莉奈は気持ちの切り替えが上手いのか、それともただ薄情なだけなのか。


 きっと前者だろう。


「おはよう浩輔君」

「おはよう由利さん」

「汐音さん、風邪引いたんだね。心配だな」


 莉奈や浩輔を通じ、由利も汐音と交流ももったからか、由利も汐音の容態を気にしている。

 本当は風邪ではないのだが、本当のことを言うわけにもいかず誤魔化す。


「一晩寝たおかげか、昨日よりはマシになっていたよ」

「そうなんだ。それは良かった」


 心の底から汐音の体調を心配していた由利は少しだけ安堵の表情を浮かべる。


「早く風邪が治ると良いね」

「そうだね。でも今日の朝の体調を見る限り、明日には来れそうだよ」

「そうなんだ。それは良かった」


 勝手にそんなことを言ってしまったが汐音も長い間休むことはしないだろう。

 今日は昨日泣いたせいか目が腫れていて、体も疲れているように見えた。

 だから今日は体力回復のため休んだのだ。


 汐音は浩輔と違って優秀だ。


 例え、どんな困難が襲ってきてもすぐに解決してしまうだろう。

 浩輔が由利と話している時、一番会いたくない人が教室に入ってきた。


 香織だ。


 香織はなに食わぬ顔で教室に入り、自分の席に着く。

 香織が入って瞬間、浩輔は怒りを抑えきれずに一瞬だけ香織を睨んでしまった。

 香織も浩輔の視線に気づき、睨み返す。


 二人とも教室の真ん中で問題を起こすのは面倒だという理性が働いたおかげで、この場はなにも起こらなかった。

 そんな二人の異変に気づいた生徒が二人いる。


 由利と莉奈だ。


 由利は浩輔の近くにいたから、気づいても不思議ではなかったが、遠くにいた莉奈が気づくのは意外だった。


「……チッ」


 今、微かに舌打ちの音が聞こえた。


「チッ」


 それにムカついた浩輔も香織にやり返す。


「大丈夫浩輔君」


 二人の静かな戦争を止めようとした由利は浩輔に話しかける。


「……うん、大丈夫」


 浩輔も自分が怒りに支配されていたことに気づき、慌てて平静を装うが怒りが強すぎたせいで平静に戻るまでに二秒のタイムラグがあった。


「……なら良いんだけど」


 さすがに由利もこれ以上深く追求できなかったのか、ここで言葉を止める。

 ここまで人に怒りや憎しみを感じたことがなかった。

 さすがに殴るわけにもいかず、浩輔は怒りと憎しみを無理矢理押さえつけていた。

 そのせいで、手のひらに爪が喰い込み出血していたことに気づいていなかった。


「浩輔君、手が……」


 由利に言われて自分が手から出血していることに気づき、急いで保健室で応急処置をしてもらった。


 やはり、香織だけは許せなかった。

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