第25話 布団の中の内緒話

今日の香織との出来事が尾を引いているのだろう。

 お風呂だけではなく、一緒に寝てほしいと汐音は言ってきた。


「別に僕は大丈夫だけど」


 いつもは別々に寝ているので、浩輔は面を喰らっていた。

 一緒に寝たくないというわけではないが、別に一緒に寝る必要もなかったため別々で寝ていた。


 お互い、プライバシーは大切である。


「ありがとう、お兄ちゃん」


 弱弱しく汐音はお礼を言う。

 浩輔的には早くいつもの明るい汐音に戻ってほしかったが、こればかりはしょうがない。

 汐音は一度断りを入れてから、布団の中に入る。


「お兄ちゃんの匂い」


 そりゃーその布団は浩輔がいつも使っているものだから浩輔の匂いがするのは当たり前だ。


「臭かったか」

「ううん、全然」


 お兄ちゃんの匂いと言われた時、臭いから言われたと思ったがそれは被害妄想だったらしい。

 汐音は臭がるどころか、むしろ芳香剤のような良い匂いを嗅いでいるかのように安らかな表情を浮かべている。


「なんかお兄ちゃんと一緒にベッドに寝るなんて久しぶり」


 浩輔も電気を消し、布団に入った時汐音が話しかけてくる。


「そうだな。小学生以来か」

「そうだね。でも一緒のお布団はもっと前かも」


 浩輔と一緒の布団に入って昔のことを思い出したのか、汐音が昔話をしてくる。


「私たち双子だったからよく一緒にいたよね」

「そうだね。小さい頃は一緒に布団に入って内緒話をしたっけ」

「内緒話って言っても、ただ布団に包まれて話していただけだけどね」


 浩輔と汐音は双子ということもあり、よく一緒に遊んでいた記憶がある。

 そして夜は布団を全部かぶって布団の中で今日あったことを話すだけの日々。

 昔はそれだけだというのにとても楽しかった。

 二人して笑い合い、いつの間にか寝ていた。


 二人はとても仲の良い兄妹だ。


「そう思うと懐かしいね」

「そうだね」


 今日の汐音は一体どうしちゃったのだろう。

 いつもの汐音はこんなに幼くない。


 もしかして自我を守るために幼児退行してしまったのではないだろうか。

 人間は自分を守るために幼児退行してしまう人間もいるらしいとネットに書いてあった。


 つまり、そこまで汐音は追い込まれているのだろう。


「昔は私がお兄ちゃんを引っ張っていったのに」

「汐音は昔から社交的だからな」

「今もお兄ちゃんは内向的だよ」


 そのせいで友達は少ないが、汐音はいるし龍次はいるし、最近由利とも仲良くなれた。

 確かに友達が多い人生の方が楽しいのかもしれないが、浩輔は浩輔でこの人生を楽しんでいた。


「ねぇー昔みたいに布団被ってみる」

「別に良いけど」

「それじゃー」


 そう言って汐音は布団の中に潜る。

 それに続いて浩輔も布団の中に潜る。

 昔と違って、布団の中は熱く息苦しいだけである。


「お兄ちゃん」

「ん、ここにいるよ」


 不安そうな汐音の声。

 だから浩輔は優しく、汐音に声をかける。


 簡単な密室。


 汐音とかなり距離が近いため、吐息が鼻にかかる。

 汐音の吐息は歯磨き粉の匂いがして不快ではなかった。


「あっ、私臭わない」


 汐音も浩輔の吐息を浴びたのだろう。

 そこで自分の口臭を気にして、浩輔に聞いてきた。


「全然臭わないよ」


 例え、臭くても臭わないというつもりだった。


 汐音は双子の妹である。


 こんな考え方は気持ち悪いのかもしれないが、汐音に汚いところなんてない。


「僕の方こそ大丈夫」

「うん、全然平気。だってお兄ちゃんだもん」


 兄妹考えることは同じらしい。

 汐音も例え、浩輔が臭くても臭いとは言わないだろう。


「なんか狭いね」

「そうだね」


 どうでも良い会話をして話を続ける。

 多分汐音は話すタイミングを探っているのだろう。

 こういうところはいつもと変わらない。


「大丈夫だよ汐音。僕は汐音のお兄ちゃんで汐音の味方だから」


 浩輔には文豪の才能なんてない。

 だから、こういう時どんなことを言って汐音を慰めれば良いのか分からない。

 分からないならストレートに伝えるしかない。

 だから浩輔は汐音を抱きしめ頭を撫でる。

 そして自分は汐音の味方だと伝える。


「……お兄ちゃん」


 浩輔の優しさに触れた汐音の心が溶かされていく。

 胸に熱いものが伝わってくる。


 汐音の涙だ。


 でも全然不愉快には思わない。


 むしろ気が済むまで泣いてほしいと思う。


 涙は目の中に入った不純物を外に出したり、眼球を乾燥から守る役割がある。

 それと同じで汐音の中にある不純物や汐音の渇きを涙と共に排除し潤してほしい。


「お兄ちゃん……お兄ちゃん……私……私」

「うん、うん」

「龍ちゃんと別れたくない。木村さんと上手くやりたい」

「うん、うん」

「うわぁ~ん」


 汐音は泣いた。


 この現実を憂うかのように。


 浩輔はそれをただ受け止めた。


 汐音は龍次だけではなく香織とも仲良くなりたいと考えていた。

 ここで兄らしく適切なアドバイスができれば良かったがそこまで浩輔のスペックは高くなかった。


 その後、泣きつかれた汐音は布団の中で眠ってしまった。

 さすがに大きくなると息苦しいと感じるようになったので、顔だけ布団の中から出す。


「……汐音」


 浩輔は汐音のためにどうすることもできない自分を責めた。

 浩輔も今日は疲れていたのでそのまま寝てしまった。

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