第24話 悩める龍次

 その後、お風呂を上がり寝間着に着替える。

 汐音も一人になりたいのか、お風呂が上がった後は自分の部屋に行ってしまった。


 一応汐音から事の顛末を聞いたが、龍次にも確認しておこう。

 浩輔は龍次に電話をかける。


 四コール後、龍次が電話に出る。


『もしもし、俺だ』

「いつも妹がお世話になっています、龍次先輩」

『誰よ、もしかして汐音さん。なら切って』

『ちげーよ。兄の浩輔だよ』

『なら声を聞かせなさい』

『……ったく分かったよ。わりーな浩輔。一回、香織と電話代わるわ』

「分かりました」


 今日、香織は汐音と喧嘩したばかりである。

 疑うのも当然だ。


『もしもし、木村香織です』

「もしもし、浩輔です」

『そうね、この声は汐音さんの声じゃないわね。疑ってごめんなさい、浩輔君』

「いえ、僕は大丈夫です」


 思わず浩輔の方も敬語になってしまった。

 それぐらい、香織には謎の威圧感があった。


『これで分かっただろ。だから少しどこかに行ってろ』

『別に良いじゃん。浩輔君との会話ならやましいことなんてないでしょ』

『男同士の会話をするんだ。女の香織は邪魔だ』

『……分かったわよ』


 なんとか香織を説得できたのか、香織が遠くに行く音が聞こえた。


『悪かったな浩輔』

「いえ、お気になさらず」


 香織に疑われるのも当然といえば当然なため、浩輔は特段、不愉快には思っていなかった。


『それで浩輔が電話をかけてきた用件はやはり汐音のことだよな』

「はい、そうです」


 どんなに鈍感でも、用件ぐらい察しがつくだろう。


 相手は結構鋭い龍次だ。


 やはり、ちゃんと理解しているようだ。


『悪い浩輔。汐音をそのまま返してしまって』


 浩輔が責めていると勘違いしたのか、申し訳なさそうに龍次が謝ってきた。


「別に木村先輩が悪いわけじゃないので大丈夫ですよ」


 雨に濡れて汐音が帰ってきたのは龍次のせいではない。


『それに香織も汐音に暴言を吐いて悪かった』

「……」


 自分のことだけではなく、妹のことについても謝る龍次。

 龍次は常識人で妹思い優しい兄である。

 浩輔も香織が汐音に暴言を吐いたのは完全に許してはいなかったのでフォローの言葉を言えなかった。


『香織には俺から言っておくから、浩輔はなんの心配もするな』

「それはありがとうございます。でも僕も悪いんです。今日の放課後木村さん……いえ香織さんに呼ばれていろいろ言われたんです」


 浩輔は今日の放課後、香織に言われたことを龍次に報告した。


『そっか……そういうことがあったんだな』

「すみません、まさか今日中に行動するとは思っていなかったので」

『いや、浩輔が謝ることなんてなにもない。俺も方こそすまなかった。汐音を守ってやれなくて』

「いえ、香織さんは木村先輩の妹さんですから。気にしないでください」

『そう言ってもらえるろ助かる』


 龍次もかなり香織相手に苦戦しているのか重苦しいため息の音が聞こえた。

 確かに汐音を叩かれたことは許せないがそれを龍次に言ってもしょうがないことである。


 むしろ龍次は汐音のためにいろいろと頑張ってくれたのだろう。

 龍次のくたびれた姿が目に映りそうである。


『ホントは汐音のところに行って慰めたいのだが、香織が駄々をこねてな。しばらく汐音に会えそうもない』

「分かりました。汐音の方は大丈夫です。僕が兄としてフォローしておきます」

『助かる。俺も多分香織のことで手一杯だと思う。彼氏として情けねー話だがしばらくの間汐音のことを頼む』

「分かりました。木村先輩の方こそ香織さんのこと、お願いします。僕じゃ全然話を聞いてくれそうにもないので」

『分かった。それじゃー切るな。そろそろ相手にしないとうるさそうだしな』

「分かりました。今日はありがとうございました」

『礼を言うのはこっちの方だ。ありがとう浩輔』


 そう言って、龍次は電話を切った。

 あとには携帯の虚しい音だけが残る。


 木村兄妹になにがあったのか分からない。

 きっと、妹の香織が汐音に焼きもちを焼いたのだろう。

 ずっと一緒にいた兄妹が、急に別の男や女と付き合い始めて、相手にされなくなったら寂しい。


 浩輔も香織の気持ちは痛いほど分かる。


 浩輔も汐音が龍次と付き合い始めてからは、しばらくの間心細かった。

 でも龍次は汐音に親切で優しくて、しかも浩輔にも汐音と同じように接してくれる。


 だからその不安はすぐに消し飛んでしまった。

 だからと言って香織のことを許せるかは別問題である。



 汐音は妹だ。

 妹が泣いていたら例え相手が誰であって許すことはできない。


 一体どのくらいの時間が経っただろう。


 誰かがドアをノックする。


「入って大丈夫だよ」

「急にゴメンね、お兄ちゃん」


 今、桐山家にいるのは浩輔と汐音だけだ。

 泥棒でなければ、確実に汐音がドアをノックした主である。

 まだ、香織に怒られたことが尾を引いているのか、汐音に覇気はなかった。


「どうしたんだ、汐音」

「うん。……今日だけ一緒に寝てくれないかな」


 どうやら、汐音はかなり重症のようだ。

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