第21話 狂乱の香織 ②

 攻める時は外堀を埋めてからの方が上手くいくというようなことを言われている。

 だから香織は汐音や龍次を説得する前に浩輔を説得にしに行ったのだ。


 しかし、残念ながら結果はダメだった。

 浩輔なら妹を持つ兄として汐音のことを心配していると思った。

 だから香織サイドに仲間に取り込もうとしたのだが、浩輔は意外にも汐音のことを信頼していた。

 浩輔は妹を男に取られてなんとも思っていないのだろうか。


 香織は嫌だった。


 大好きな兄が女に取られることを。

 香織は自覚していない重度のブラコンだった。




「説得ダメだったね」

「説得ダメだったね」

「これからどうするの」

「直接説得するの」


 やはりというか、階段のドアの後ろで輝夜と咲夜が盗み聞きをしていた。


「浩輔君の説得が無理な以上そうするしかないでしょ」


 香織は二人に八つ当たりするかのように、強い口調で言う。

 どうして誰も自分の言うことを聞いてはくれないのだろうか。


 苛立ちだけが募る。


「あまり過保護にならない方が良いと思うよ」

「香織ちゃん少し焦りすぎ」

「お兄ちゃんだってちゃんと妹のこと大切に思ってるはずだよ」

「もっと仲良くした方が良いと思うよ」

「うるさい、いつもべったりして仲の良い二人には私の気持ちなんて分からないわよ」


 いつも仲良くしている二人から仲良しアピールを見せられてイラついた香織は言葉を吐き捨てる。


 なにがお兄ちゃんはちゃんと妹のことを大切に思ってるはずだよだ。

 なにがもっと仲良くした方が良いと思うよだ。

 いつも仲良しの二人には私のこの気持ちなんて分かるはずがない。


 香織はそうやって二人の親切心を切り捨てる。


 校内でもずっと一緒の二人。

 喧嘩している姿なんて見たことがない。


 そんな二人には不仲な兄妹の気持ちなんて分かるはずがない。


「……木村先輩もちゃんと香織ちゃんのこと好きだと思うのに」

「……木村先輩もちゃんと香織ちゃんのこと好きだと思うのに」

「妹が嫌いな兄なんていないのに」

「兄が嫌いな妹なんていないのに」

「私たちのこの関係は特殊」

「私たちのこの関係は異常」

「「でも止められない」」


 香織を見送った輝夜と咲夜はそっと、唇を重ねた。




 どうやって家に帰ってきたのか覚えていない。

 気づいたら家に帰っていた。


 玄関を入り、靴を見る。

 そこにはやはり、龍次以外のローファー、つまり汐音のローファーが綺麗に置かれていた。


 その瞬間、香織の頭でなにかが切れる音がした。


 自分はこんなに兄のことを心配してるのに。

 自分はこんなにも兄の将来を憂いているのに。

 自分はこんなにも、兄のことを思っているのに。

 なぜ兄は自分の言うことを聞いてくれないのだろうか。

 きっと兄はあの女に誑かされてしまったんだ。

 だから妹の声を聞いてくれないんだ。


 あの女が悪い。


 香織は汐音に憎悪を燃やしながら階段を駆け上がる。


「はぁ……あぁん、龍ちゃん、気持ち良い」

「こんな感じか」

「ん、そこ、もっと突いて~」


 部屋の外からでも分かるぐらいの汐音の嬌声と性にまみれた龍次の声。

 汐音は怒りの気持ちを抑えきれずに、ドアを思いっきり開ける。

 バンという大きな音と一瞬の沈黙が流れる。


 部屋はカーテンが閉めてあって薄暗い。

 そして部屋中に充満している汐音の……雌の匂い。

 そしてベッドの上に裸で四つん這いになっている汐音と後ろから突いている龍次。


 汐音と龍次は突然の乱入者に呆然としている。

 二人のあられもない姿を見た香織はカッとなって、汐音の頬を思いっきり打つ。


 乾いた音が響き渡す。


 涙で濡れる汐音の目。


「なに叩いてんだよ香織」


 いち早く冷静になった龍次が今度は香織の頬を思いっきり打つ。

 かなりの力だったせいか、香織は吹き飛ぶ。


 左頬がジンジンして痛い。


「……ってよ」


 香織の口から言葉が漏れる。


「この部屋から出てってよ汐音さん」


 香織は汐音に向かってヒステリックに叫ぶ。

 さすがに二人もこの状況のままお楽しめるわけもなく、通夜のような重く暗い空気の中で後片付けをして、着替えた。


「本当に送らなく大丈夫か」

「うん、私は大丈夫。今日は木村さんに付いてあげていて」


 玄関前で汐音と龍次がまるで永遠の別れのような雰囲気で別れる。

 汐音はぶられたところが痛かったのかほんのり腫れていて、左頬を押さえていた。

 汐音が玄関を出て行った後も心配そうに見送る龍次。


「ふふふっ」


 二人の仲を引き裂けた香織は嗤い、後悔していた。

 あんな兄の姿なんて見たくはなかった。


 その後、木村兄妹に会話がなくなった。

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