第20話 狂乱の香織 ➀

放課後の屋上というものは、高校生にとって一種の聖域みたいなところである。

 フェンスしかない、開放的な場所。そんなところにいると心も開放的な気分になり、いろいろと行われている場所である。

 しかし今日は運が良いのか浩輔と香織以外の生徒はいなかった。


「それで話はなんなの」


 浩輔と香織の接点はクラスメイト以外、あれしかない。

 浩輔はだいたい香織の話したいことは分かっていたが、話を円滑に進めるためにあえて質問した。


「もちろん、私の兄さんと汐音さんのことよ」


 夕日を背にして振り返り対峙する香織は幻想的で少し悲しそうだった。

 やはり浩輔の予想通りの話だった。


「それで木村さんは僕になんの用なの」

「決まってるでしょ。汐音さんに説得してもらいたいの。兄さんの受験の妨げになるって」

「つまり、木村先輩と汐音を別れさせてほしいっていうこと」

「極論を言うとそういうことね」


 遠回しな言い方をしていたが、香織は龍次と汐音の別れを望んでいた。

 それを明確に浩輔が言葉にすると、香織は素直に頷いた。


「それはできないかな」


 浩輔は汐音の兄として、龍次の友達としてキッパリと断る。


「なんでよ」


 浩輔の反応が予想外だったのか香織は声を荒げる。


「だって、それは二人の問題だしいくら兄妹の僕でも妹の恋路に口出す権利はないよ」

「浩輔君は心配じゃないの。毎晩遅く妹が帰って来て」


 浩輔と汐音は双子の兄妹だが、汐音の恋路に口を出す権利はないと思っているし進路にも口を出すつもりはない。

 簡単に言うといくら兄妹でも汐音の人生は汐音のものであり、浩輔にはそれを妨害する権利はない。


 もちろん、汐音が困っていれば兄として全力で助けに行くが。


「そこまで心配じゃないかな。だって汐音は木村先輩がいるし。夜道も車で送ってもらってきてるし。それに木村先輩ってあー見えて優しいし」

「知ったかぶりなことを言わないで。私の兄についてなにも知らないくせに」


 毎晩遅くなることについて浩輔はほとんど心配していなかった。

 そこには龍次がいるし、汐音も軟な女ではない。

 それを伝えるとなぜか香織はヒステリックに叫び出した。


「落ち着いて木村さん」


 今の香織は冷静な状態ではないと判断した浩輔は香織のことを宥めようと説得する。


「落ち着いてるわよ」


 心外そうに叫ぶ香だが、その言い方だと全然落ち着いているようには見えない。


「確かに高校生から仲良くなった僕とずっとそばにいる木村さんとでは木村さんの方が木村先輩のことをよく知っているのかもしれない」

「そうよ。昔のお兄ちゃんは優しくて強くて格好良くて素敵なお兄ちゃんだったのよ。でも中学生になり高校生になったお兄ちゃんは昔とは別人になってしまった。全部これも汐音さんのせいよ。汐音さんが私のおにい……兄さんに近づいたからこうなっちゃったのよ」


 たった一年の付き合いしかない浩輔と、十五年以上の付き合いがある香織とでは、龍次に対して知っていることの量が違うだろう。

 今香織から聞いた話も浩輔は全然知らなかったことだ。

 龍次と仲良くなって一年が経つが、龍次の小学校の頃の話なんて聞いたことがなかった。


 それを聞いて安心したのか、龍次の呼び方が『兄さん』から『お兄ちゃん』に変わっていた。


 きっと昔は龍次のこと、お兄ちゃんと呼んでいたのだろう。


 でもこの話の内容には決定的な矛盾がある。


「でもその話を聞くと木村先輩がグレたのは中学生から高校生にかけての話だよね。僕も汐音も中学生の頃の木村先輩とは会ったことがないよ」


 今の話を聞くと、龍次がグレたのは中学生から高校生にかけてとなる。

 浩輔が龍次に会ったのは高校一年生の頃だ。


 だから、香織の話には矛盾が生じる。


 浩輔に冷静につっ込まれた香織も気づいたのか、目が泳いでいる。


「でも受験生にもなって勉強してないのは汐音さんのせいよ。だから私は汐音さんのことは好きにはなれない」


 なにがなんでも汐音のせいにしたい香織は自分勝手なことばかり言う。


「なんでもかんでも汐音のせいにするなよ。汐音と付き合ってるのは木村先輩の意思だろ。木村さんは関係ないでしょ」

「関係なくない。兄さんは私のお兄ちゃんなんだから」


 汐音のことを悪く言われたせいでカッとなった浩輔は強い口調で香織に言い返す。

 龍次のこともあり、心が弱っていた香織は、支離滅裂なことを言って涙ぐみながら屋上から立ち去ってしまった。


 兄のことを大切に思う妹と妹のことを大事に思う兄。


 どちらかが正しいというわけではない。

 きっとどっちも正しいのだろう。


 でもそこには、ただ喧嘩しただけという虚しい結果にしか残っていなかった。

 今日の日差しはやけに冷たかった。

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