第17話 浩輔の知られざる能力

「俺の悪口は百歩譲って良い。だけど汐音の悪口だけは許さん」


 龍次は不良みたいな顔をしているが、滅多なことでは怒らない。

 浩輔も、龍次が本気で怒っているのを見たのは一回だ。

 浩輔が他校の不良に絡まれた時、助けてくれたのが龍次だった。


「実の妹よりも彼女の方が好きなのね」

「別にそういうわけじゃない」

「嘘よ。そんな兄さん嫌い。大っ嫌い」


 香織はヒステリックに叫ぶと、どこかに走り去ってしまった。

 残された龍次はヤレヤレと面倒な妹を見るような感じで頭をかいている。


「……木村さんって同じクラスの木村さんだよね」

「多分そうだけど」

「あの今日のテストで満点取った」


 確かに今日の抜き打ちテストで満点を取った人は三人いた。

 汐音と莉奈とおそらく香織だろう。


「私大人しくて真面目で人と距離を取っている木村さんしか見たことがなかったから驚いちゃった」

「僕もだよ。木村先輩とはよく話すけど木村さんは話したことないから。でもクラスで見る限り感情的に叫ぶ姿は想像できなかったけど」


 クラスでの木村沙織は冷静沈着で大人しいというか人と距離を置いている女子生徒だった。

 そんな彼女があそこまで感情的に叫ぶなんて想像もできなかった。


「……浩輔か。そんなところで突っ立ってなにしてんだ。……あっさっきのか」


 ほとぼりが冷めた後、先に浩輔に気づいた龍次は苦虫を潰したような顔で浩輔に話しかける。

 きっと龍次も兄妹喧嘩を見られたくはなかったのだろう。


「さっきの女子生徒って妹さんですか」

「そうだ。俺の妹だ。悪かったな俺の妹が汐音のことを馬鹿にして」

「別にそれは良いんです。でも……」


 自分の妹が汐音を侮蔑したことを素直に謝罪する龍次。

 そういう気遣いができるからこそ、今も汐音とお付き合いが続いているのだろう。

 汐音が侮蔑されたことに対してなんとも思わなくもなかったけど、別に龍次も香織にも怒ってはいなかった。


 それよりも浩輔は龍次たち、木村兄妹の方が気がかりだった。


「ひっ」


 龍次と目が合った瞬間、由利は小さな声で悲鳴を上げる。


 まるで蛇に睨まれた蛙である。


「なんだ浩輔の彼女か」

「違います。クラスメイトの漆原由利です」


 浩輔が汐音以外の女子といるのがそんなに珍しいのか、頓珍漢なことを聞いてきた。

 確かに彼女はほしいが、こんな自分に彼女ができるなんて思えない。

 彼女に間違われた由利は恥ずかしそうに俯いている。

 こういうところで謙遜できる由利は良い女性だ。


「それは悪かった。……確か漆原って双子の妹がいるよな」

「……」

「いますよ。妹の莉奈さんです」

「俺は浩輔じゃなく由利に聞いたんだ」

「分かってますよ。でもそんな怖い顔じゃ由利さんは答えられません。もっと優しい顔をしてください」

「馬鹿を言うな。この顔は生まれつきだ」


 そして浩輔と龍次の間に笑いが起こる。

 あの不良みたいな龍次が笑っているのだ。

 由利は面を喰らっている。


「漆原が二人いるから名前で呼ばせてもらうけど良いな」

「……あっ、はい、大丈夫です」

「木村先輩が言うとパワハラにしか聞こえません」

「お前も言うようになったな、浩輔」


 不良の先輩が質問するだけでパワハラに聞こえるのはきっと、顔面のせいだ。

 浩輔は龍次の内面もある程度知っているので、もちろんそんな意図がないということは分かっている。


 でも由利は違うだろう。


 そんな由利を和ませようと冗談を言っているのだが、緊張しているのか龍次を怖がっているのか芳しい反応はもらえなかった。


「……由利はかなり内向的な子なんだな」

「……そうですよ。木村先輩じゃなくてもこんな感じです」

「……そんな彼女と仲良くなれたなんて浩輔はプレイボーイだな」

「……そんな冗談はよしてください。彼女持ちのくせに」


 龍次の方もやっといつもの龍次に戻ってきた。

 香織と喧嘩した時傷ついたのは香織だけではなかった。

 龍次もまた、他人から見れば分からないような些細な感じだったが香織と喧嘩して落ち込んでいた。


 だから浩輔は龍次に冗談を言い、和ませたのだ。

 浩輔には人の心を敏感に感じ取ることが上手かった。


 しかし、本人はそのことに気づいていない。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます