第16話 不穏な木村兄妹

 天才二人組にはきっと浩輔たちの気持ちは理解できないだろう。

 授業を聞いているだけでテストが百点取れるなら、テスト前日に焦る生徒はいなくなる。


 お昼休みと五時間目の授業を終え、浩輔は由利と一緒に廊下を歩いていた。

 なにか示し合わせたわけではなかったが、浩輔がトイレに行って帰っている途中由利と出会ったのだ。


 お互い『あっ』と声を出してしまったため、同じ教室なので別々に行くのもおかしい気がして一緒に廊下を歩いている。


「今日の数学のテストどうだった」

「私は全然ダメだった。浩輔君は」

「同じく四十五点しか取れなかった」

「私は六十点。でも毎日コツコツ勉強してこれだから全然莉奈には敵わない」

「でも六十点凄いじゃん。僕よりも十五点高い。僕も汐音に全然敵わなくて。毎日木村先輩とデートしてるのにいつ勉強してるかと思えば授業だけで完璧だったんだね」

「そんなことないよ。莉奈も結構夜遅くてあまり勉強しているイメージとかなかったけどそうだったんだね」

「「はぁ~」」


 妹が優秀すぎて双子なのに劣等感を感じてしまう兄と姉。


 受精したタイミングもほぼ同じで、同じ期間母親のお腹の中にいてずっと一緒にいたはずだったのに、どこでこんな差が出てしまったのだろう。

 最初は兄だから妹よりもできないといけないと思っていた。でもなんでもすぐにできてしまう妹を見ていると、汐音との才能の差を意識してしまい、いつからか分からないけど自分では妹には勝てないと思い込み、負けることが当たり前のようになっていた。


 それは由利も同じなのだろう。


 汐音と莉奈。どちらも天才で優秀な妹である。


「莉奈は昔からなんでもすぐにできる子だった。私は一生懸命練習して追いついてもどんどん先に行ってしまう」

「分かるよ由利さん。汐音も昔からできてなんでもすぐに僕よりも出来てしまう」

「浩輔君もそうなんだ。私姉としての威厳がないね」

「僕もだよ。兄としての威厳が全くないよ。それに汐音はもうすでに彼氏もいるし」

「彼氏!凄いんだね汐音さん」


 由利も年頃の女の子なのだろう。

 こういう恋バナは好きらしい。目を爛々と輝かせている。


「汐音の奴、高校一年生の頃好きな男子ができて猛アタックして。何回も断られていたんだけど相手の方が折れちゃって。今でも交際は続いてるよ」

「凄いんだね汐音さんは。私なら告白を断れたら同じ人には告白できないし、そもそも告白なんてできない」


 由利の引っ込み思案な性格なら告白すらままならないと思ってしまった。

 確かに由利は汐音のように肉食系ではなく草食系だ。


「汐音さんってメンタル強いんだね」

「そんなことないと思うぞ。ただの馬鹿かもしれないし」


 普通、告白を断られたのに何回も告白できるだろうか。

 浩輔なら心が折れてしまって二度も告白できないだろう。

 だけど妹は五回も同じ人に告白をしたのだ。

 メンタルの強さに感心するのと同時に呆れてしまう。


 遠くの方でクシャミをした音が聞こえてきたような気もするが、気のせいだろう。


「木村君。今日の課題のプリントまだ出てないんだけど。どういうこと」

「悪かったよ高坂先生。放課後には出す」

「なんなのその口の利き方。それに木村君は今年受験生でしょ。その自覚を持ちなさい」

「はいはい分かりました」

「……期限は今年の放課後までなのでちゃんと持ってきてくださいね」


 廊下を由利と二人で歩いていると数学の教師真希と汐音の彼氏、龍次が言い争いをしていた。

 状況から判断するに龍次がきっと数学の課題を忘れて、真希に怒られていたのだろう。

 一部の先生は見た目の不良な龍次に注意できない先生もいるらしいが、新任の真希は臆することなく堂々と注意していた。

 その姿はなににもこびない強さが表れていて、素直に格好良いと思った。


「高坂先生凄いね。私が先生だったらあんな生徒に堂々と言えないもん」


 龍次のことを不良と誤解している由利は、怖いものを見るような目で龍次を見つめている。


「……あの先輩が汐音の彼氏」

「えっ、え―――」


 汐音の彼氏が不良っぽい龍次だと言われた汐音は小さな声で悲鳴を上げる。

 もともと声が小さい汐音では、悲鳴を上げても普通に話しているのと変わらないぐらい小さい声だった。

 それに浩輔は逆に驚いた。


「また先生に怒られてるの兄さんは」

「あぁ、なんだ香織。お前が学校で話しかけてくるなんて珍しいな」

「ホントは嫌だけど、妹として嘆かわしいわね。先生が出された課題もできないなんて」

「お前には関係ねーだろ」

「……そうね。私には関係ないわね。どうせ汐音さんとエッチなことばかりしてるから勉強もおろそかになるんでしょ。勉強に支障をきたすんなら別れれば良いの……」


 香織が悪態を吐いた瞬間、乾いた音が鳴り響く。

 そのあまりにも大きな音に廊下で話していた生徒たちは会話を止める程だった。

 龍次のビンタはそれぐらい威力が高く、香織はたたらを踏んだ程だった。

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