第22話【シネマを優しさで包む】

 コーヒーを飲んでいると、チャーリーが僕を見てきた。


「おや。そう言えば、君の分がなかったな。これはすまないことをした」


そう言って、エドワードは皿にミルクを注ぐ。白い尻尾をふわふわと振りながら、チャーリーは僕を見つめている。

 エドワードが、カタンと音をさせて皿を床に置く。するとチャーリーは、ふわりと皿の方に体の向きを変えて、ミルクの方へと吸い寄せられていった。

 ぴちゃぴちゃと音を立てながらミルクを飲むチャーリー。彼の尻尾は、相変わらずふわふわと揺れている。

 穏やかな時間だ。コーヒーカップを口元に寄せながら、僕はこの空間のぬくもりを感じていた。

 僕は、今までの自分の道を思い返していた。僕の歩いてきた道には、こんなぬくもりはなかった。

 そっと、目を閉じる。僕の瞼の裏に、今まで見てきた景色が映る。

 僕の両親は、決して愛情を注いでくれるような両親ではなく、物心つく頃には既に施設にいた。

 施設の暮らしがそんなにひどいものだったとは思わない。しかし、僕の心には常に孤独がついて回った。僕の心にいた孤独は、僕から友を奪い、『繋がり』を奪った。

 僕は、ある日から独りとなった。施設で唯一信用していた奴が僕を裏切り、彼は僕のすべてを奪っていった。僕の新しい家族となるはずだった人達さえも奪われてしまった。

 あの時から、僕は独りを選択するようにしてきた。そうすれば、傷付かずに済むから。そうすれば、苦しみを味わうことがないから。

 僕は、孤独と共に生きてきたのに。それなのに、チャーリーとの出会いが僕を変えてしまった。独りをまた味わうかもしれない恐怖と隣り合わせの世界に、僕はまた足を踏み入れてしまった。拒む間もなく。

 しかし、僕はこの心地良さから抜けたくない気持ちにもなっていた。もう戻れない所まで来ているのかもしれない。


「望。どうかしたのかね?」


 エドワードの言葉に、はっと我に返る。僕が先程まで見ていた人生シネマは、もう瞼の裏にはなかった。


「いえ、なんでもありません」


 僕は、エドワードに笑顔を見せようとした。


「望。涙を流しておいて、何もないわけがないだろう? 話しにくいなら、無理には聞かないが、私は君の味方だ。だから、隠す必要も怯える必要もない。安心したまえ」


 エドワードの言葉で、初めて自分が涙を流していたことに気付いた。


「あれ、なんで僕……」


 自分の様子に動揺した。それと同時に、涙がさらに溢れ出して止まらなくなった。


「あれ、僕……。違うんです。なんで……」


 僕の言葉に、エドワードは何も言わない。


「違うんです。違うんです……」


 何が違うのだろうと自分で思いながらも、正しい言葉が見つからず、ますます混乱する僕。


「大丈夫だ。大丈夫」


 ゆっくりと、それでいて、しっかりとした口調で、エドワードは僕に言葉をくれた。

 エドワードを見ると、とても穏やかな表情をしているように見えた。しかし、溢れる雫で、僕の視界は揺らめいていた。


「何も話さなくて良い。泣きたいだけ泣くと良い」


 エドワードの言葉を聞きながら、僕は頬をひたすらに濡らした。僕はここでぬくもりを感じているのだと実感した。そして、ここにいて良いのだと、僕はもう孤独だけを抱える必要はないのだと確信した。

 コーヒーの香りとこの場所のぬくもりが僕を包む。チャーリーが、僕の足に擦り寄って来た。彼のぬくもりが僕の足に伝わる。エドワードは、変わらず僕を優しく見つめてくれていた。

優しいこの場所と彼らは、僕の心の鍵をそっと開けてくれた。僕の心が温かくなった。

 コーヒーの香りは、相変わらず優しく僕達を包み込んでいた。

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