第21話【サイフォンの魔法】

 僕は深呼吸をして、コーヒーの香りを嗅ぐ。コーヒーの香りは、コーヒーミルから、ふわふわと漂ってくる。ミルで挽いたコーヒー豆は、挽く前と比べて、香りが一際強まっている気がした。


「さて、これぐらいあれば十分だろう」


 エドワードが、挽いた豆をサイフォンの漏斗部位に入れる。入れる際に空気が動くからか、香りがさらに強くなった気がした。


「そして、アルコールランプをセットして……」


 アルコールランプが、風船型フラスコ内の水を温めていく。のんびりとした時間が流れていく。


「サイフォン式って、なんだか見ているだけでも楽しいですね」


 僕の言葉に、エドワードが顔を綻ばせる。


「そうだろう? サイフォンでじっくりとしていくと、時の流れをゆっくり感じることもできるから、私はこの時間も堪らなく好きなのだ」


 エドワードは僕に言葉をかけながら、じっくりとフラスコの水の様子を伺っていた。

 どれくらいの時間が経ったのだろうか。水が温まり、気泡を生み出し始めた。

 エドワードは、そっとアルコールランプをフラスコからずらし、挽いたコーヒー豆を入れた漏斗部位をセットした。

エドワードが再度アルコールランプをセットすると、こぽこぽとお湯が漏斗を伝い、コーヒーの粉末と混ざりだす。

 頃合いを見計らいながら、竹べらを使ってコーヒーの粉末と上がって来た湯を撹拌するエドワードの表情は、とても楽しそうに見えた。目を煌めかせつつもそっと撹拌する様子は、まるで女性を大切に扱っているようだとなんとなく思った。

 三分ほど撹拌すると、エドワードはアルコールランプを再度そっと外した。

 今度は、抽出されたコーヒーが、フラスコ内に溜まっていく。


「さて、これで完成だ」


 エドワードはそう言いながらアルコールランプに蓋をして、フラスコ内のコーヒーをコーヒーカップに注いだ。コーヒーの香りが、僕の鼻孔をくすぐった。

 僕は、その香りで肺を満たそうと深呼吸をした。


「望、コーヒーカップは私が運ぶから、君はソファに掛けると良い」


「良いんですか?」


「もちろんだとも」


「では、お言葉に甘えますね。ありがとうございます」


 僕はソファに掛けながら、先程の光景を瞼の裏に映した。サイフォンは、穏やかな時間を満喫するための魔法のように思えた。


「さて、望。これが、たった今淹れたばかりのコーヒーだ。今回はきっと、今までともうひと味違った味に感じるかもしれないな」


 エドワードの言葉に、僕は心躍る思いでコーヒーカップを見つめた。


「いただきます」


 そっと、コーヒーカップを持ち上げて、口に運ぶ。コクリと一口口に含むと、風味がふわっと口腔内を幸せで満たした。


「本当だ……。今までより、さらに美味しい……」


 僕は、思わずほうっと溜息をつく。フルーティーな風味が鼻腔を駆け抜けた。


「そうだろう。今回は作る過程も見ているからな。これがサイフォンのマジックだ」


 エドワードは、にやりと笑って僕を見た。僕は、エドワードの魔法にかかったのだった。

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