第17話【ホット】

 僕は目を醒ました。大きく伸びをして、ベッドから這い出る。

 朝が大の苦手な僕は、ここに来てからだいぶ早く起きられるようになった気がする。


「おはようございます」


「あぁ、望。おはよう。よく眠れたかね?」


「はい」


 それは、間違いなくエドワードのおかげだろう。彼の作る夜のホットカフェ・オレを飲みだしてから、重度の不眠症だった僕が驚くくらいぐっすり眠れるようになったからだ。


「なおん」


「あぁ、チャーリーもおはよう」


 すり寄るチャーリーとの挨拶も済ませ、顔を洗った。

 決して、世の中のイケメンと呼ばれる部類には入らない貧相な顔が鏡に映る。目の下のクマは、一生離れる気はなさそうだ。今日も濃ゆく、僕の下瞼に張り付いている。


「なんて、酷い顔だろう……」


 鏡を見ては溜息をつく。


「望、溜息はあまりつくものではないぞ。溜息は、つくたびに幸せを逃がしてしまうのだ」


「そうなんですか?」


 エドワードの言葉に驚く。だって、そうだろう? 今の自分はこんなにも満たされているのに。


「まったく、なんという顔をしているのだ。そんなに複雑な表情をしていては、台無しになってしまうぞ?」


 どうやら、僕は複雑な表情を浮かべていたらしい。しかし、何が台無しになるのだろう?


「さて、望も起きたことだ。朝食にしようではないか」


「みゃー」


 意識をしてから気付いたが、トーストとバター、そして、ほっとコーヒーの良い匂いが、部屋を包み込んでいた。


「さて、冷めないうちに食べようではないか」


「はい」


「なー」


「「いただきます(にゃー)」」


さくっ


 トーストから、良い音が零れる。


ぺちゃぺちゃ


 チャーリーからは、リズミカルにえさを食べる音が溢れる。


「良い音だ」


 不意にエドワードが言葉を零す。


「そうですね」


 僕も釣られて、言葉を零す。まるで、それすら、一つのメロディーのように。

 トーストは小気味の良い音を立てて、どんどんと減っていく。それと同時に満たされるおなか。

 ゴクリとコーヒーで最後の一口を流し込む頃には、僕の身も心も、温かい気持ちで満たされていた。


「ごちそうさまでした」


 そっと、手を合わせる僕。それをニコニコと見つめるエドワード。

 この風景が、いつもの風景になろうとしていた。そして、永遠に続けば良いと感じた。


「望、この皿は私が洗っておこう。望は自分の時間を有効に使うと良い」


「いえ、今日も僕に洗わせて下さい。読書前の、大事な準備運動なんです」


「ふむ……。望がそう言うなら、止めはしないが……」


「僕がやりたいんで、気にしないでください」


「そうか……。ならば、望に任せるとしよう。チャーリー、私達は先に済ませることを済ませてしまおう」


「みゃー」


 チャーリーは、一度僕にすり寄り、そのままエドワードの後をついて出て行った。


「さて、洗うぞ」


 カチャカチャとリズミカルに表れていく食器。まるで、楽器の音色のようにも聞こえる。


「気のせいかな」


 ひとり、良い気分で食器を洗っていた。


ガチャ


「あれ、もう終わったんですか?」


 玄関の開く音に、思わず振り返る。そこにエドワード達の姿はなく、一人の老人が立っていた。

 そう、以前出会ったあのおじいさんだ。


「えっと……、お邪魔しています」


 咄嗟に言葉をついて出た。エドワードからは、【僕の家】と聞いていても、彼は知らないはずだから。

 しかし、彼はにっこり笑って、


「何を言うておるんじゃ? ここは、おぬしの家でもあるじゃろう? ワシに遠慮せずとも良い。ここは、必要な者のみに与えられる家なのじゃから」


 そう告げて、もう一度にっこりと微笑みを僕に向けた。


「そうじゃ、自己紹介がまだじゃったのぅ……。ワシの名前はロジャーじゃ。よろしく頼むの」


「はい。僕の名前は……」


「あぁ、知っておる。エドワードから聞いておるぞ。おぬしも苦労したようじゃのう……。ここでは、おぬしがおぬしらしく生きていけるよう、ワシも協力させてもらうからの。安心しなされ」


 そう言って、彼は僕のことをニコニコと見つめた。


「ありがとうございます……」


「なぁに、敬語なぞせずとも良い。ワシは、近所のおいぼれジジイのようなもんじゃからの」


 そう言って、ほっほっほと笑った。どこか、サンタクロースのようにも思えた。


「ありがとう……」


 なんだか、無性に照れ臭くなった。顔が熱い。

ロジャーは、変わらず僕に微笑みを向け続けていた。

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