第14話【彼女】

 僕は、また読書を再開することにした。空は、今のところまだ明るい。程よい風が心地良い。

 僕は座り直して、チャーリーを一撫でしてから元のページに戻した。本に視線を戻す。

 彼女は、日常に戻っていた。退屈そうな彼女に、何もできない自分。もどかしさを感じる。


「本の中の彼女を、どうすれば笑顔にできるのだろう? ……できるわけないか」


 一人苦笑する。僕は本の世界には入れないのだから。しかし、どこかで彼女に会えるのではないかと未だに思う自分がいた。それがどこなのか? いつなのか?

 そこまでは、僕にはわからない。どうしてそんな風に思うのかも、わからなかった。

 ただ彼女に会いたい、彼女を笑顔にしたいと思う自分に支配されつつあった。


「ねぇ、どうすれば彼女に会える?」


 僕は、傍らにいるチャーリーに声をかける。チャーリーからの返事はない。エドワードならわかるだろうか?

 いや、本はあくまで本だ。「現実」ではない。僕が彼女に会うことは不可能だ。彼女が実在でもしない限り不可能だ。もしくは、僕が本の世界に入らなければならない。


「会いたいな……」


 彼女を抱きしめてあげたい。目を閉じる。


「よく頑張っているね」


「そうよ。私は、『真面目』だけが取り柄だから。」


「君には、他にも素敵なところがあるよ」


「それはどんなところ?」


「絵が好きなところ。絵を描いている時の表情。それから……」


「もういいわ。なんだか恥ずかしくなってきちゃった」


「そう? 他にも言えるのに……」


「私をちゃんと見てくれただけでも嬉しいわ」


 僕は、彼女を抱きしめる。彼女は、僕の胸に顔をうずめる。僕と彼女だけの世界。



「みゃおん」


 はっと我に返る。うっかり想像の世界に入り込んでしまっていた。


「だめだなぁ……」


チャーリーを撫でながら、ちょっとした自己嫌悪に陥る。一度空想に入ってしまうと、その世界に入り込んでしまうのが僕の悪い癖だ。


「チャーリー、僕はどうして自分でこの妄想を止めることができないのだろうね」


「なおん」


 チャーリーは、「君は何を言っているんだい?」とでも言うかのように、僕を見つめた。

 水色と黄色のオッドアイに吸い込まれそうになる。目が逸らせない。なんだか、僕の気持ちを見透かしているような気分になる。

 空はまだ明るい。微風が顔を優しく撫でる。ふと、彼の瞳の中に彼女を見た気がした。彼女が微笑んでいる気がした。


「おーい。チャーリー、ちょっと来てくれないか?」


 エドワードが彼を呼ぶ声がした。ちりんっと、鈴を鳴らして、チャーリーがエドワードの声のする方へと言ってしまった。

 僕は一人風を感じていた。風は心地良く、陽射しは変わらず僕を包み込んでいた。僕は少しうとうとし始めた。



 気付くと、僕は「彼女」とベッドの中にいた。「彼女」は僕に微笑む。顔をうずめて抱き着いてきた。暖かい。「彼女」ぬくもりに包まれる。

 暖かい微睡みの中で、僕は彼女に微笑む。彼女が微笑み返す。何も話さない。言葉はいらない。

 「彼女」との間に、確かな繋がりを感じる。「愛おしい」。きっとこの感情は、そう呼ぶものなのだろう。そんな気がする。

 僕は幸せに包まれていた。「彼女」に包まれていることで幸せなのか、「彼女」のそばにいることが幸せなのか。きっと両方だ。



「望。【空】を夜空に変える。起きなさい」


 ぱちりと目を開けた。見上げると、エドワードがいた。「彼女」はどこにもいなかった。


「僕は、いつの間にか眠っていたんですね」


 【空】には、星が瞬いていた。

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