第13話【妄想と空想のはざま】

 前回と違って、本の中の彼女は穏やかな時間を過ごしていた。

 僕は、そんな彼女の様子に安堵し、続きを読み進めた。日常に戻った彼女は、やはりどこか寂しそうで、退屈そうだった。

 僕が想像する彼女は、やはり絵を描いている時が一番美しい気がする。そんな彼女に会いたい自分がいた。

 日常に戻った彼女を読んでいくうちに、なんだか無性に解放感に触れたくなった。

窓を見ると、外は明るくなっていた。


「そうだ。外で読もう。エドワード、外で読んできても良いですか?」


「構わないよ。存分に満喫してきたまえ」


 本を持って外に出る。外は心地良い風が吹いていた。誰もいない静かな場所。


「そうだ、この丘の上の樹の下で読もう」


 家が埋まっている丘を登り、大きな木の根元に腰を掛ける。周りを見渡してみると、解放感に触れた気がした。

 木陰でゆっくりと本を開く。日常をなんとか終えた彼女は眠りについて、新たな旅路に向かっていた。

 彼女は図書館にいた。彼女は本が好きらしく、本棚を眺めていた。眺める彼女は、きっとうっとりとした視線を向けているのだろう。


「僕にも、その視線を……」


言いかけて、どきっとする。今僕は、とんでもない妄想に駆られていたのではないか。

 彼女が実在しているわけないのに。ひどい妄想だ。でもいっそのこと、もっと妄想してみようか。


 彼女は、図書館の本に見惚れている。彼女は、思いっきり図書館の空気を鼻から吸った。

 本と木とニスと埃の混じったあの何とも言えない不思議な香り。それでいて心地が良い香り。香りを体に纏って、彼女は絵を描き始める。

 途中で人が通ったりするが、その人には彼女が見えない。もちろん、黒猫も。

 長いようであっという間に描き上げた絵を見て、満足する彼女。きっと、彼女は本を読みたくてうずうずしているに違いない。

 しかし、彼女の時間は残されてはいなかった。タイムリミットだ。

 気付くと、いつもの部屋に戻っていた彼女は、きっと落ち込んでいるに違いない。僕は、そんな彼女を慰めるのだ。


「おかえり」


そう言って、彼女をただ抱きしめれば良い。きっと、彼女は寂しそうに微笑む。


「寒くないかい?」


「いいえ、寒くはないわ。ちょっとがっかりはしたけど」


 そう言って、僕の背中に手を回してくれれば良い。寒くても寒くなくても、僕が抱きしめ返すから、彼女はただそれを受け入れてくれればそれで良い。


 我ながら何ともひどい妄想に、僕は思わず笑った。チャーリーは突然笑った僕を、不思議そうに見つめた。


「あぁ、ごめんね。あまりにも自分の妄想がひどくて、つい笑ってしまったよ」


 彼はなんだかわからないといった様子で、諦めたようにそばで丸くなった。

 彼の様子に和んで撫でていると、突然風が少し強くなった。本がぱらぱらと勝手に捲れていく。


「あっ……」


 慌てて、本を止めた。そのページには、彼女が僕のいるような場所にいて、僕のような男の子を描いている様子が描かれていた。

 彼女は、どうやらその男の子に惹かれているらしかった。文章から、彼女がその子に気付いてほしいという気持ちが溢れていた。

 僕は嫉妬した。だって、彼女は僕のミューズだから。僕のヒロインだから。僕だけを見てほしい。この相手が僕なら良いのに。

 そう思って、彼女がいるであろう角度へ視線を向けた。彼女は、そこにいなかった。

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