第9話【望み】

 エドワード達と、コーヒーを味わいながら暫し談笑を楽しむ。


「望は、本当に読書が好きなのだな」


「にゃあ」


 一人と一匹の視線に、初めてまだ自分の心が本の中にあることに気付かされた。


「あ! すみません! 読書の直後は、いつも本に想いを馳せてしまうというかなんというか……」


 恥ずかしさと申し訳なさで俯いた僕に、エドワードは微笑んだ。


「何を謝る必要があるのだ? それは君の才能であろう? ならば、存分に想いを馳せるが良い」


「にゃあん」


 エドワードの言葉に、初めて自分が肯定された気がした。


「此処は望が望むことができる場所だ。誰も君がすることを責めたり、怒ったりなどしない。だから、このハンカチで涙を拭きたまえ。せっかくの男前が台無しになってしまうぞ」


 エドワードに言われて、初めて自分が泣いていることに気付いた。

 僕は、人生で初めて「男前」だと言われた。どちらかと言うと、目立たない根暗扱いで、一度も容姿を褒められたことがなかった。そんな自分を、「男前」だと彼は言ってくれた。

 僕よりも男前の彼に言われるとは思わなかった。こんなにも僕を肯定してくれる人に出会えたのは初めてのことだ。

 まるで堰を切ったように、涙がとめどなく溢れる。久しぶりに子どものように泣きじゃくった。視界は、あっという間に水底に沈んだ。

 エドワードが近寄る気配がしたかと思うと、そっと抱きしめられる感触と共に、背中を優しく撫でる感触が伝わってきた。その手はとても温かく、それでいて優しかった。

 その温かさが水源になったかのように、涙はどんどんと溢れてくる。そんな僕をあやすかのように、彼はただただ無言で僕を撫で続けてくれた。

 チャーリーは、ピタッと僕にくっついていた。特に何か鳴き声を上げるわけでもなく、ひたすらにくっついていた。


「ありがとう……。ありがとう……」


 今の僕に出せる声で想いを伝える。


「大丈夫だ。今の君は、ただただ泣きたいだけ泣けば良い。君が抱えてきたものを、吐き出せるだけ吐き出せば良い。大丈夫だ。誰も止めはしないし、否定もしない。だから、存分に泣くが良い」


 エドワードは、優しい声で僕を包み込んでくれた。それ以上何も言わず、何も聞かず、ひたすら撫で続けてくれた。

 泣きじゃくっていたら、だんだんと視界がまどろんできた。僕は、そのまま体をエドワードに預けて、世界を手離す。僕が世界を手離す瞬間、


「ゆっくり休みたまえ。此処は君の家だ。私達は君の味方だ。今はゆっくり眠るが良い」


そう聞こえた気がした。


 ***


 私は、泣き疲れて眠る望をそっとソファに預けて、ブランケットをかけた。


「彼は、たくさんの想いを抱えて生きてきたのだな……。今はそっとしておこう。彼をゆっくり休ませてあげよう」


「にゃあん」


「あぁ、そうだな……。彼を連れて来たのはやはり正解だったな」


 彼の生い立ちを、私は知っている。壮絶な人生だった。すぐにでも助けたかったが、運命とは悪戯なものだ。彼が両親から引き離された後、行方を見失ってしまった。チャーリーが見付けてくれなければ、彼はもっと悲惨な目に遭っていたかもしれない。


「にゃおん」


 チャーリーは、望から離れずピッタリとくっついたままである。


「そうだな。少しずつでも、彼の心がほぐせるよう、私も尽力しよう」


 そう言って、私はすやすやと穏やかな寝息を立てる彼を眺めながら、チャーリーを撫でた。返事の代わりに、ちりんっと鈴が鳴った。

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