第8話【入る・想い馳せる】

 僕はひと時の休息を経ると、また続きを読みたい欲求に駆られた。


「僕、またあの続きが読みたいです」


「もう大丈夫なのかね?」


 エドワードが心配そうにこちらを見る。チャーリーも心配そうだ。


「もう大丈夫です。頭の熱いのも、すぐに治りました。それに、僕は今とてつもなく本を読みたくて堪らないんです」


 僕は、今の自分に精一杯の笑顔で二人を見る。

僕の笑顔は決して綺麗なものではない。けれど、気持ちは読み取って貰えたみたいだ。


「そうか……。君が大丈夫と言うなら、きっと大丈夫だろう。さぁ、好きなだけ読むと良い。ここは、君が好きなだけ読めるようにできている」


 そう言って、エドワードは微笑んだ。


「ありがとうございます」


 チャーリーは、まだ少し心配なのか僕のそばにそっと座った。

 僕は、チャーリーの背中を一撫ですると、そばに置いてあった本を手に取り、続きを読み始めることにした。


 彼女は目を覚ますと、どうやら現実の世界へ戻ったようだった。

 いつもの日常をこなす彼女は、どこかくたびれているようにも、現実と夢とのギャップに疲弊しているようにも見えた。当然と言えば当然だが、彼女は夢の中の方が幸せそうだった。

 そんな彼女の様子に、僕は胸が痛んだ。彼女が夢の世界のように、絵描きとして暮らすことができれば良いのに……。

 しかし、現実が容赦ない事もよくわかっている。僕の現実も、決して良いものとは言えなかった。親からの暴力や、施設での生活を思い出す。

 僕は苦しくなった。もう過去だと言い聞かせても、そんな簡単にほぐれるような糸ではなかった。

 そんな過去の僕の心を保たせてくれたのが本だった。いじめられていたわけではないが、学校でも友達ができず、両親といたあの家でも、施設でも、僕は本しか頼れなかった。本だけが、僕の心を助けてくれた。

 だからこそ、僕は読書への欲が強いのだと思う。今でも、ストレス解消は読書での旅だ。読書ほど、コストパフォーマンスの良い旅行はない気がする。

 そんな事が頭をよぎる中で、僕は彼女を想像した。


「彼女は、どんな風に産まれて育ってきたのだろう……」


 彼女に対する想像が膨らむ。僕の想像は、一度始まるとなかなか止まらない。もはや、想像よりは妄想に近いのかもしれない。

 彼女に想いを馳せる。僕はきっと、彼女に惹かれている。現実と夢の中で揺れる彼女の心情に惹かれている。そして、垣間見える彼女の人柄にも惹かれている。


「もし、彼女が現実にいたら会いたいな……」


「誰に会いたいのかね?」


 突然エドワードに話しかけられて、僕は現実に引き戻された。


「あ……、いや……」


 うっかり呟いてしまったことに、今更ながら恥ずかしくなった。


「さては、登場人物に惹かれているのではないかね?」


「あ……、う……、そう……、です」


 恥ずかしくて、顔から火が出そうだ。しかし、彼は当然のように告げた。


「何を恥ずかしがる必要があるのかね? 【登場人物に惹かれる】、それは、君の才能ではないか! それ程までにストーリーに入り込むのは、意外と出来ないものなのだぞ? 自信を持ちたまえ!」


 そう言って、彼はにっこり笑った。


「にゃあん」


 チャーリーは、まるで僕の目に狂いはなかったとでも言うように、エドワードを見ながら鳴いた。


「そうだな。チャーリー、君は良い人材を確保したな!」


 どうやら、エドワードとチャーリーは会話が出来るらしい。


「さて、望。もしキリのいいところなら、コーヒーは如何かね? 時には、きちんと休息を取ることも、君の大切な仕事だ」


「はい! 頂きます!」


 そんなこんなで、彼女の日常へ想いを馳せつつ、僕はコーヒーを楽しむことにしたのだった。

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