第7話【音と香り】

 気付くと、僕はソファで寝ていた。いや、「気を失っていた」の方が正しいのかもしれない。


「大丈夫かね?」


 エドワードが、僕の顔を心配そうに覗き込んでくる。


「はい、ありがとうございます」


 僕は、ゆっくりと上体を起こす。


「何があったのだ?」


 どうやら、こんな状況はエドワードも初めての経験らしい。


「本を……読んでいたんです……」


 何が起きたのか。視界を失う直前の様子をゆっくりと思い出す。

 唐突に彼女の情景が頭にフラッシュバックした。映像の中では、彼女が絵を描いていた。そして、傍らには黒猫。

 彼女が動かす筆はどんどん進むのに、何故か何処か寂しげで。そうこうしていたら、彼女の絵への情熱が僕の感覚と絡み合って……。

 ぶつんという音が頭の中でしたかと思うと、気付いた時には、エドワードの顔が目の前にあった。


「本を読む手を少し止めて小休憩をしていたら、登場人物の女性の感情が頭に流れ込んできたんです。彼女の情熱が頭の中で暴れ出して……、ぶつんって音がして、気付いたらエドワードの顔が目の前にありました……」


 頭がまだ熱い感覚がする。エドワードは、一生懸命僕の言葉を噛み砕いているのか、複雑な表情を浮かべる。

 チャーリーも心配してくれているのか、エドワードの横にちょこんと座っている。


「ふむ、なるほど……。いや、すまない、君のようなケースは初めてなものでな」


「いえ、こちらこそご心配をおかけしました。たぶん、もう大丈夫です」


 そう言うと、ほんの少し安心した表情を彼らは浮かべた。


「そうか。では、コーヒーを淹れよう」


 そういって、彼は僕から目を離した。しかし、チャーリーはまだ心配なのか、ソファに飛び乗り僕に擦り寄る。

 ちりんっと鈴の音がした。よく見ると、濃いブルーの首輪に銀の鈴が付いている。家に入るまでは付けていなかった。


「なおん」


 ちりんっと、また鳴った。


「綺麗な首輪だね。誰かに付けてもらったの?」


 僕は、チャーリーを撫でながら訊いてみた。


「あぁ、それは私がチャーリーに付けてあげたのだよ」


「エドワードが?」


「そうだ。チャーリーと、黒猫のルーンにそれぞれ首輪を用意したんだ。彼らもオシャレをしたいだろうと思ったのだ」


「にゃあ」


 ウィンクしながらそう話すエドワードに、チャーリーが嬉しそうに返事をした。白い毛並みによく映える、海のような青さの首輪だ。


「良かったね。チャーリー」


「にゃあ」


 背筋をピンっと伸ばして、なんだか自慢げだ。

 しばらくチャーリーを撫でて戯れていると、エドワードがコーヒーを運んできた。エドワードのコーヒーは、香りが強く、とても美味しい。どうすれば、こんな良い香りがするのだろうか?


「エドワード。どうしたら、エドワードみたいな良い香りの強いコーヒーにできるんですか? 家のインスタントコーヒーだと、ここまでの香りにならないですよ?」


「それは、サイフォンでしているからだ。インスタントは手軽で美味しいが、香りも工程私は楽しみたくてな。今では、アルコールランプで温めながらじっくりコーヒーができる音と過程を見聞きするのも、一つの楽しみになっているのだ」


 と、楽しげに話してくれた。

 サイフォンというのはよくわからないが、僕もしてみたいと思ったのだった。

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