丘の上の樹の下で

紫空 琴葉

第1話【とある日の出逢い】

 仕事帰りの夕暮れ時のことだった。いつもの日常をこなして、家路を歩く。いつもと異なる点と言えば、珍しく日が沈み切る前に帰宅できそうだということだろうか。

 ふと、電柱のそばで佇んでいる真っ白な猫と目が合う。その白猫は、ふさふさとした尻尾を振りながらこちらをじっと見つめている。ノルウェージャンフォレストキャットという品種みたいにふさふさした毛並みは、なんだか綿菓子のようにも思えた。

 無言で見つめ合う僕たち。白猫はしばらくこちらを見ていたかと思うと、振り返り振り返り、僕の前を歩き出す。

 僕が立ち止まると、白猫も止まり振り返る。僕が進みだすと、とてとてと前を歩いていく。そんな動作を繰り返すうち、なんだかついて来いと言われている気がしてきた。


「良いよ、ついて行くから安心しておくれ」


 僕がそう言うと、白猫は安心したのか振り返らずに進み出す。

 しかし、突然左手に雑木林が見えてきたかと思うと、そこにその子は入って行ってしまった。一瞬入ることに躊躇ったが、その子は僕が入るまでちょこんと座って尻尾を揺らし始めたので、大人しく雑木林に入って行くことにする。

 僕が入ると安心したのか、白猫はまた振り返らずに進み出す。

 一度頭に枝が当たったりはしたが、思ったより歩きにくくはない。しかし、誰かが通った様子もなく、決して平坦な道ではない。

 白猫は、頭に枝が当たった時だけ振り返って気にしてくれた(ように見えた)が、またそのまま進み出した。

 雑木林は突然終わりを告げた。夕暮れ時だった筈なのに、昼のような明るさだ。

 急な明るさに立ち止まって、思わず目を細める。しかし、目はすぐに慣れた。

 目の前には小高い丘があり、頂上には大木がある。白猫は僕を気にせず、どんどん頂上に向かって進んでいく。


「あっ、ちょっと待って! 置いて行かないで!」


 慌てて猫を追いかける。猫は頂上に着くと、何事もなかったかのように大木の根元で丸くなった。

 軽く息を切らしながら、少し遅れて大木にたどり着く。周りを見渡すと、丘の周りには、森が広がっていた。僕が歩いていた町も見当たらない。

 延々と広がる森。呆然としながらも、冷静に状況を確認しようと思った。しかし、僕はやはり混乱していた。


「さて、猫くん。ここはどこだい? 僕のいた町はどこに消えてしまったんだい?」


 白猫に質問してしまった。


「にゃー」


 白猫はこちらを見て、ひと声鳴いただけなのであった。

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