1-12
12月27日(Sun)
クリスマスも過ぎていよいよ2009年も終わりを迎える。テレビのCMもお正月のお節や年末特番の宣伝など年の瀬を感じさせる仕様に変わった。
今年のクリスマスは24日に学校の友達とカラオケパーティーをしただけで甘い思い出はできずに終わった。
そしてとうとうこの日が来た。今日は加納との約束の日だ。
{デート今日だよねっ}
「だからデートじゃないって」
午前中、奈保とメールのやりとりの後に電話をした。まだ部屋着の有紗はベッドに寝転ぶ。
{何着ていくか決めた?}
「そんなに気合い入れることでもないし……いつも通り……」
{まだそんなこと言って! せっかくのイケメンからのお誘いなんだから気合い入れなきゃ}
「だって気合い入れすぎって思われるのも嫌だもん」
気合いを入れるつもりはなくてもマニキュアは昨夜塗ってしまった。これはデートの為ではなくお洒落の一貫、ただの身だしなみだ。
{有紗ー! 失恋したばっかりですぐに次の恋ってわけにはいかないのはわかるけど、運命の出会いはどこに転がっているかわからないのよ。出会えたらしっかり掴んで離しちゃダメ!}
「あははっ。占いの本みたいなこと言わないでよぉ。……あ」
有紗はうつ伏せの姿勢でファッション雑誌の星占いページを開いた。自分の誕生星座の乙女座の欄を読む。
{どうしたー?}
「12月後半から1月の乙女座の恋愛運……“楽しいことや嬉しい出来事があります。見かけ以上に押しの強い異性にアプローチされそう”……だって」
{おおおっ! 当たってるじゃない! それって加納さんのことかもよ?}
恋愛運の項目を読んで真っ先に浮かぶ顔は早河ではなくなっていた。今、頭に浮かぶのはあの憎たらしい無愛想男の顔だった。
(押しの強い異性にアプローチされるって……まさかねぇ)
少しずつ約束の5時が迫ってくる。着替えをしてメイクをしていてもソワソワして落ち着かない。
父は年内最後の出張に出掛けている。戻りは明日だ。誰もいない家を施錠して、有紗は待ち合わせ場所の恵比寿駅に向かった。
JR恵比寿駅西口の改札を抜けて外に出る。日の落ちた暗がりのえびす像の前に加納が立っていた。
加納は黒のダウンコートのポケットに両手を入れて遠くを見つめている。通行人の女性の何人かが加納をちらちらと見ていくが彼は見向きもしない。
(やっぱり見た目だけならカッコいいよね。見た目だけなら)
一歩、一歩、彼に近付くたびに心臓の音が速くなる。
「……こんばんは」
『ああ。バックレずにちゃんと来たな』
「後でお金請求されても困るので」
互いにああ言えばこう言う。相性がいいとは思えない。
『行くぞ』
「どこに……?」
『あっちにバイク置いてあるから』
詳しい説明もなく歩いて行く加納を追いかける。恵比寿駅近くのバイク置き場に着くと加納はヘルメットを有紗に渡した。
有紗はバイクを目の前にして立ち尽くす。
「これに乗るんですか?」
『まさかバイクの後ろ乗ったことない?』
「ないです。周りでバイク乗ってる人はいませんし……」
父も、早河や矢野も、有紗が知る大人達はバイクではなく車を使う。高校生でもバイクの免許は取れるが、あいにくバイクに乗るような友達もいない。
『そういうとこはオジョーサマって感じするな』
「バカにしてるでしょ?」
『いや? なんか安心した』
加納が言った安心の意味が有紗にはわからなかった。派手に遊んでいるタイプに見られていたのかもしれない。
加納は有紗の手からヘルメットを取って彼女の頭に被せる。
「きゃっ……ちょっと……」
『じっとしてろ。コレしてないともしもの時に頭割れるぞ』
ヘルメットが有紗の頭から外れないようにしっかり固定する。ヘルメットの向こうの有紗の顔から血の気が引いた。
「もしもの時って……」
『俺は安全運転主義だから安心しろ』
加納の誘導でバイクの後ろに連れられた。先に加納がバイクに跨がり、彼は自分の後ろを指差した。
恐る恐る、有紗はバイクの後ろに跨がる。
『俺の腰に手回せ』
「ええっ……腰に……?」
『掴まってないと振り落とされるぞ』
加納がヘルメットを被る。初めてのバイクにどうしたらいいのかわからず、有紗は言われるがまま彼の腰に両腕を回した。
そうして密着していると加納の体温がダイレクトに伝わってきて、顔も見えないのに妙に恥ずかしかった。
年末感の漂う街に灯るイルミネーションを両サイドに眺めながら都心の道をバイクが駆け抜け、天王洲アイルに到着した。
「この辺りは来たことない」
『高校生には馴染みないかもな。どうする? 飯にするか少しその辺り歩くか』
「歩いてみたい……です」
バイクを駐輪場に駐めて天王洲アイルを散策する。運河に囲まれた夜景に有紗は目を輝かせた。
「綺麗! 新宿や六本木以外にもこんなに綺麗な夜景があったんだ……」
『水に反射する光もなかなか良いだろ』
二人は遊歩道を歩く。冬の凛と澄みきった空気に包まれて、運河にかかる橋や付近のビルの灯りが水面にきらきらと反射する様は景色全体が外国の絵画のようだ。
運河の水が風に揺れた。
『聞きたいことがあるんだけど』
「何ですか?」
『ハヤカワって誰?』
加納の口から早河の名前を聞いた有紗は驚愕した。
「なんで早河さんの事……」
『店であんたが倒れた時、うなされながらその名前呼んでた。“ハヤカワさん助けて”って』
恥ずかしくて堪らなかった。穴があったら入りたいとはこのことだ。あわてふためく有紗を加納が無表情に見つめている。
『彼氏じゃないよな? 彼氏なら苗字で呼ばないだろ』
「彼氏ではないです。早河さんはその……好きな人です。振られましたけど……」
加納達の後ろを歩いていたカップルが笑いながら通り過ぎた。有紗は運河を囲む柵に手をかけ、加納は彼女の横に並び柵に背中をつけた。
『振られたのにそいつの名前呼ぶってことはまだ好きなのか?』
「それはちょっと違います。失恋したばかりで吹っ切れてはいませんが、早河さんは探偵さんで、私のヒーローなんです。去年は私もあの美咲と同じような感じでした。髪を茶髪にして家出して学校サボって……。家出した私を見つけてくれと父が依頼した探偵さんが早河さんです。私が家出した時もその後で学校サボった時も早河さんが捜しに来てくれました」
横目で加納の反応を窺う。彼は馬鹿にすることも茶化すこともせずに黙って有紗の話に耳を傾けていた。
ここまで話をしたんだ。すべて話してしまおうと思った。
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